・・・それらの夢の景色の中では、すべての色彩が鮮やかな原色をして、海も、空も、硝子のように透明な真青だった。醒めての後にも、私はそのヴィジョンを記憶しており、しばしば現実の世界の中で、異様の錯覚を起したりした。 薬物によるこうした旅行は、だが・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・その死体は、大理石のように半透明であった。 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂から四方の青白い天末までいちめんはられたインドラのスペクトル製の網、その繊維は蜘蛛のより細く、その組織は菌糸より緻密に、透明清澄で黄金でまた青く幾億互に交錯し光って顫えて燃えました。「ごらん、そら、風・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・何せそう云ういい天気で、帆布が半透明に光っているのですから、実にその調和のいいこと、もうこここそやがて完成さるべき、世界ビジテリアン大会堂の、陶製の大天井かと思われたのであります。向うには勿論花で飾られた高い祭壇が設けられていました。そのと・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 未来の絵姿はそのように透明生気充満したものであるとしても、現在私たちの日常は実に女らしさの魑魅魍魎にとりまかれていると思う。女にとって一番の困難は、いつとはなし女自身が、その女らしさという観念を何か自分の本態、あるいは本心に附随したも・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・今頃は、どの耕野をも満して居るだろう冬枯れの風の音と、透明そのもののような空気の厳かさを想った。底冷えこそするが、此庭に、そのすがすがしさが十分の一でもあるだろうか。 ――間近に迫った人家の屋根や雨に打れ風に曝された羽目を見、自分の立っ・・・ 宮本百合子 「餌」
一 丘の先端の花の中で、透明な日光室が輝いていた。バルコオンの梯子は白い脊骨のように突き出ていた。彼は海から登る坂道を肺療院の方へ帰って来た。彼はこうして時々妻の傍から離れると外を歩き、また、妻の顔を新・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・全身に溢れた力が漲りつつ、頂点で廻転している透明なひびきであった。 梶は立った。が、またすぐ坐り直し、玄関の戸を開け加減の音を聞いていた。この戸の音と足音と一致していないときは、梶は自分から出て行かない習慣があったからである。間もなく戸・・・ 横光利一 「微笑」
・・・大きい愛について考えていた父親は、この小さい透明な心をさえも暖めてやることができませんでした。 私は自分を呪いました。食事の時ぐらいはなぜ他の者といっしょの気持ちにならなかったのでしょう。なぜ子供に対してまで「自分の内に閉じこもること」・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・油絵の具は第一に不透明であって、厚みの感じや、実質が中に充ちている感じを、それ自身の内に伴なっている。日本絵の具は透明で、一種の清らかな感じと離し難くはあるが、同時にまたいかにも中の薄い、実質の乏しい感じから脱れる事ができない。次に油絵の具・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫