・・・私は――」 とここで名告った。 八「年は三十七です。私は逓信省に勤めた小官吏です。この度飛騨の国の山中、一小寒村の郵便局に電信の技手となって赴任する第一の午前。」 と俯向いて探って、鉄縁の時計を見た。・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・政府と最も近い関係にある面での物価が、三倍からそれ以上につり上げられて、逓信院ではハガキ二十五銭、封書五十銭にしようとしている。 これらは、実におどろくべきことである。人民の使える金は、「五人家族五百円標準」ときめて、金を銀行、郵便局へ・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・そしてラジオの民主化が、意識的に停滞させられているうちに、さる六月逓信省は放送事業法案を国会に上程した。 この法案は日本のラジオの自由と健全な発展を期するために立案されたものであるとして公表された。しかし一般にこの法案が日本のラジオの民・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・ 没収した優秀な機械は、逓信省や大蔵省の役人が家へもって帰って据えつけたというような巷間の噂をきいたのも、それにつづく頃ではなかったろうか。 短波を禁止していた日本当局は、誰かが優良品を輸入するとすぐ、短波受信に必要な機械の部分品を・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・昔から辛棒づよい社会勤労者の代表である逓信従業員が、生きなければならない、という共通の必要から、困難な対立に入った。逓信院では、ハガキ二十五銭、封書五十銭の値上げを考えているのである。理由は多額となった支出をまかなってゆくためであるとされて・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。「おい。戸を開けんか。」 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸を繰り開ける。外は相変らず、灰色・・・ 森鴎外 「あそび」
渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに残っている水たまりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見たはずだがと思いながら行く。 人通・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫