・・・「左側通行」と似たものである。 * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病もの・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 車馬の通行を留めた場所とて、人目の恥に歩行みもならず、――金方の計らいで、――万松亭という汀なる料理店に、とにかく引籠る事にした。紫玉はただ引被いで打伏した。が、金方は油断せず。弟子たちにも旨を含めた。で、次場所の興行かくては面白かる・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・この上は鉄道員の許諾を得、少しの間線路を通行させて貰わねばならぬ。自分は駅員の集合してる所に到って、かねて避難している乳牛を引上げるについてここより本所停車場までの線路の通行を許してくれと乞うた。駅員らは何か話合うていたらしく、自分の切願に・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ なるべく通行者に近よらないようにして、僕はまず例のうなぎ屋の前を通った。三味の音や歌声は聴えるが、吉弥のではない。いないのか知らんと、ほかに当てのある近所の料理屋の前を二、三軒通って見た。そこいらにもいそうもないような気がした。 ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・小生は朝に晩に其家の前を何度も通行した。此の小さな格子戸の中で日本の出版界の革命が計劃されていたとは誰しも想像しなかったろう。「日本大家論集」という博文館の最初の試みの雑誌が物議を生じた。其結果、出版法だか新聞雑誌条例だかの一部が修正さ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 曾て、市街公園の名称にて、新聞に報ぜられたと記憶するが、なんでも、ある一定の時間内だけ、その区域間の自動車、自転車の通行を禁じて、全く、児童等のために解放して、小さき者達の遊園とする、計画であったと思う。あの話は、その後何うなったので・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・夜は更けて人の通行も稀になっていたから四辺は極めて静に僕の靴の音、二人の下駄の響ばかり物々しゅう反響していたが、先刻の母の言草が胸に応えているので僕も娘も無言、母も急に真面目くさって黙って歩るいていました。「森影暗く月の光を遮った所へ来・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ と鳴らして銃をかまえるのだ。「大人! 大人!」 支那人は、中学生に向ってさえビクビクしている。「止まれ!」 生徒は、いかめしげに叫ぶ。「…………。」「こらッ! 通行票を出せッ!」 日本人の威張り方は傍若無人だ。・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・ここで関守の男が来て「通行税」を一円とって還り路の切符を渡す。二十余年の昔、ヴェスヴィアスに登った時にも火口丘の上り口で「税」をとられた。その時はこの税の意味を考えたが遂に分からなかった。この峰の茶屋の税もやはり不思議な税の一つである。あと・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 平松から大谷の町へかけて被害の最もひどい区域は通行止で公務以外の見物人の通行を止めていた。救護隊の屯所なども出来て白衣の天使や警官が往来し何となく物々しい気分が漂っていた。 山裾の小川に沿った村落の狭い帯状の地帯だけがひどく損害を・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
出典:青空文庫