・・・決して彼女とは遊びませんでした。彼女は、丁度人が暑さに恐れて皆家へ入っているインドの真昼間のように、静かで独りぼっちなのでした。 スバーの住んでいたのは、チャンデプールと云う村でした。ベンガール地方の川としては小さいその村の川は、あまり・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ そうしてその客と一緒に遊びに出る。 けれども、それではいつまでも何も仕事が出来ないので、某所に秘密の仕事部屋を設ける事にしたのである。それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。毎朝、九時頃、私は家の者に弁当を作らせ、それを持・・・ 太宰治 「朝」
・・・恋した女が仲町にいて、よく遊びに行った。丸顔のかわいい娘で、今でも恋しい。この身は田舎の豪家の若旦那で、金には不自由を感じなかったから、ずいぶんおもしろいことをした。それにあのころの友人は皆世に出ている。この間も蓋平で第六師団の大尉になって・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽が真紅に萌え立つ頃には宿の庭先に兎が子供を連れて遊びに来たり、山鳥が餌をあさり歩くことも珍しくないそうである。 夜中雨が降って翌朝は少し小降りにはなったがいつ止むとも見えない。宿の番傘を借りて明神池見物に・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 雪江との約束を果たすべく、私は一日須磨明石の方へ遊びにいった。もちろんこの辺の名所にはすべて厭な臭味がついているようで、それ以上見たいとは思わなかったし、妻や子供たちの病後も気にかかっていたので、帰りが急がれてはいたが……。 ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・手の長い猿共が山から山へ、森から森へ遊びあるいて、ある豁川にくると、何十匹の猿が手をつないで樹の枝からブラ下り、だんだん大きく揺れながら、むこうの崖にとびついて、それから他の猿どもを順々に渡してやるという話である。林はそれをもう本もみないで・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊びをするかせぬ中、障子に映る黄い夕陽の影の見る見る消えて、西風の音、樹木に響き、座敷の床間の黒い壁が、真先に暗くなって行く。母さんお手水にと立って障子を明けると、夕闇の庭・・・ 永井荷風 「狐」
・・・漱石が教師をやめて、寒い京都へ遊びに来たと聞いたら、円山へ登った時を思い出しはせぬかと云うだろう。新聞屋になって、糺の森の奥に、哲学者と、禅居士と、若い坊主頭と、古い坊主頭と、いっしょに、ひっそり閑と暮しておると聞いたら、それはと驚くだろう・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・子供の時は村の小学校に通うて、父母の膝下で砂原の松林の中を遊び暮した。十三、四歳の時、小姉に連れられて金沢に出て、師範学校に入った。村では小学校の先生程の学者はない、私は先生の学校に入ったのである。然るに幸か不幸か私は重いチブスに罹って一年・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・「去らないでおいでなさいよ、後で遊びに行きますから」「東雲さんの吉さんは今日も流連すんだッてね」と、今一人の名山という花魁が言いかけて、顔を洗ッている自分の客の書生風の男の肩を押え、「お前さんも去らないで、夕方までおいでなさいよ」・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫