・・・わたくしは晩餐をすましてから、会社の人に導かれて、この公園を散歩したが、一時間あまりで帰って来たので、その道程は往復しても日本の一里を越していまいと思った。 やがて裏手の一室に這入って、寝に就いたが、わたくしは旅のつかれを知りながらなか・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・停車場からこの会場までの道程も大分ある。こう申しては失礼であるが昔見た時はごくケチな所であったかのようにしか、頭に映じないのであります。それで車の上で感服したような驚いたような顔をして、きょろきょろ見廻して来ると所々の辻々に講演の看板と云い・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 諷刺詩人としての小熊秀雄氏が、その時代には成長の道程にあった。童話にあらわれていた味は、生活的な成長から諷刺に転じて、小熊さんの鋭い反応性と或る正義感と芸術的野望とは、諷刺詩を領野として活躍しはじめた。 技術的に諷刺的表現の或る自・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・ それ等の人が経て来た道程も明かにされています。 けれども、窮極に於て、自分は自分の道を踏まなければなりません。 宇宙のあらゆる善美、人類のあらゆる高貴を感じ得るのは、ただ、私自身の裡に賦与された、よさ、まこと、によってのみなさ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・これは社会的に生きる人類の幸福を問題とする現実的な幸福探求の道程にとっては、実に画期的な発展であった。人間が社会以外のところに生存しないものであるという生存の条件へのはっきりした理解は、社会と個人とのいきさつの研究の間に幸福の課題をもといて・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・個性の確立の道程さえも、こんなに複雑に二重の歴史性を貫き、質の変化を予約されなければならないものとなってきているのである。 プロレタリア文学運動のあったころ、同伴者作家という表現があった。プロレタリア文学の画然たる主流に流れ入ることはし・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・のみならず、婦人に向っても、何等の差異なしに開かれて居る生活の道程は、我国の婦人の強いられる極端な謙遜も卑屈さも味わせません。 彼等は、仕たい勉強が出来、生きたい形式で生き、愛すべき者を愛す権利を持って居ります。 此の生きたい形式で・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・今日これほど問題の多い子供の生活に語りかけてゆく健全な文学がこんなに少いということはおどろくべきことであるし、日本の民主化の道程で歴史的な場面に立っている農民のこの複雑な現実が、見るべき一つの作品にもまとめられなかった片手落は、本年度におい・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・ そのような自分の焦燥の姿をも認めながら、それをひっくるめてこれまでの全生活経験を文学修業にとっては「実に長い長い道程であった」のを感じ、「女性らしい一くさりの插話さえもない誠に殺風景な苦闘史」であったと見ている。そして、「私はここ・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・教育者などが或る時陥りがちな、概念的類推にのみよらず、自己の道程を、全く自己に即して内観することの必要は、この点でも明かにされるのです。 私は、今丁度、研究者の使う用語を以てすれば、青年期の末端、成年期に入ろうとするところにあります。文・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫