・・・「あら、随分……酷いじゃありませんか、甘谷さん、余りだよ。」 何にも知らない宗吉にも、この間違は直ぐ分った、汚いに相違ない。「いやあ、これは、失敗、失敬、失礼。」 甘谷は立続けに叩頭をして、「そこで、おわびに、一つ貴女の・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と下りて来て、長火鉢の前に突立ち、「ああ、喉が渇く。」 と呟きながら、湯呑に冷したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、「頂戴。」 とばかりぐっと飲みぬ。「あら! 酷いのね、この人は。折角冷しておいたものを。」 わ・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・…… 冷い石塔に手を載せたり、湿臭い塔婆を掴んだり、花筒の腐水に星の映るのを覗いたり、漫歩をして居たが、藪が近く、蚊が酷いから、座敷の蚊帳が懐しくなって、内へ入ろうと思ったので、戸を開けようとすると閉出されたことに気がついた。 それ・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・――昨夜の鶫じゃないけれど、どうも縁あって池の前に越して来て、鯉と隣附き合いになってみると、目の前から引き上げられて、俎で輪切りは酷い。……板前の都合もあろうし、またわがままを言うのではない。…… 活づくりはお断わりだが、実は鯉汁大歓迎・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・画家 おお、これは酷い。――これは悲惨だ。夫人 先生、私は、ここに死んで流れています、この鯉の、ほんの死際、一息前と同じ身の上でございます。画家 夫人 私には厳しく追手が掛っております。見附かりますと、いまにも捉えられな・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ と云う、顔の窶れ、手足の細り、たゆげな息使い、小宮山の目にも、秋の蝶の日に当ったら消えそうに見えまして、「死ぬのはちっとも厭いませぬけれども、晩にまた酷い目に逢うのかと、毎日々々それを待っているのが辛くってなりません。貴方お察し遊・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ と、お米が声を立てると、「酷いこと、墓を。」 といった。声とともに、着た羽織をすっと脱いだ、が、紐をどう解いたか、袖をどう、手の菊へ通したか、それは知らない。花野を颯と靡かした、一筋の風が藤色に通るように、早く、その墓を包んだ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・番人も酷いぞ、頭を壁へ叩付けて置いて、掃溜へポンと抛込んだ。まだ息気が通っていたから、それから一日苦しんでいたけれど、彼犬に視べればおれの方が余程惨憺だ。おれは全三日苦しみ通しだものを。明日は四日目、それから五日目、六日目……死神は何処に居・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「その馬鈴薯なんです、僕はその馬鈴薯には散々酷い目に遇ったんです。ね、竹内君は御存知ですが僕はこう見えても同志社の旧い卒業生なんで、矢張その頃は熱心なアーメンの仲間で、言い換ゆれば大々的馬鈴薯党だったんです!」「君が?」とさも不審そ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・お浪もこの夙く父母を失った不幸の児が酷い叔母に窘められる談を前々から聞いて知っている上に、しかも今のような話を聞いたのでいささか涙ぐんで茫然として、何も無い地の上に眼を注いで身動もしないでいた。陽気な陽気な時節ではあるがちょっとの間はしーん・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫