・・・ けれども、現在の自分にとっては、その第二次的な具体的な表現が、愛の強い信任と同様の重量を持つ場合が多々あるのです。 従って、自分が死去した良人を追慕し、彼が自分の隣に坐っていた時と同様の愛に燃立った時、それに応えてくれる声、眼、彼・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・暗い帝国主義の歴史が生活の重量となってずっしりと彼女をとりまき、のしかかっているまんなかにいて前方を見ながらテーブルの上に腕をくんでいるケーテの白髪の顔の上には、底知れないねばりと、失われることのない落ついたほこりがただよっている。・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・船が難破しかかったとき、最後にその船を転覆させて自分たちの命もすてさせてしまうのは、舷の傾いた方へ我を失って塊りすがりつく未訓練な乗客の重量である。その通りのことが生じて来る。批判は発展的にされず、対比的にされる。ああではない、だからこう、・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・アルプス登攀列車は、一刻み、一刻み毎に、しっかり噛み合って巨大な重量を海抜数千メートルの高み迄ひき上げてゆく堅牢な歯車をもっている。わたし達が近代的外皮に装われた最も悪質な封建性から自身の全生活を解放して、民主主義に立つ眺望ひろい人生を確保・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・深い長めな四角い箱で、積んである外見に、そのなかにつめられている本の重量が感じられた。今年の夏、駿河台にある雑誌記念館へ行ったときも、その建物の中の使われていない事務室の床の上に、こういう木箱がずっしりとつみ上げられていた。日本から海を越え・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ 自分より幾倍かの容積と重量の母を外出の時はきっと保護し迫害者を追いしりぞかすべき騎士の役をつとめるのでした。 彼は自分の母親の普通に立ちまさった外形と頭脳を持って居る事を確信し、自分に対しては何処までも誠実であり純であると云う事も・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・の方が、十七八歳でかかれたものよりも生活的であり描写に現実の重量がある。『春を待つ心』についての書評は、もうあちこちにのっている。それらの批評は、どれも好意的である。それは自然なことだと思う。この『春を待つ心』に対して、誰しも、やさしく・・・ 宮本百合子 「病菌とたたかう人々」
・・・その作品の中に生き、泣き、雪の中を這って殺された子供の死骸を我が家に引摺って来る母親の、肉体そのものの温かさ、重量、足音の裡に、彼女たちの心もちそのものとして、彼女らがそうして生きとおした苦難の意義が暗示されているのである。 局面の展開・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・やがて乳房の山は電光の照明に応じて空間に絢爛な線を引き垂れ、重々しい重量を示しながら崩れた砲塔のように影像を蓄えてのめり出した。 彼は夜になると家を出た。掃溜のような窪んだ表の街も夜になると祭りのように輝いた。その低い屋根の下には露店が・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫