・・・の入口の上に、今葛の葉が一房垂れている。野生のなでしこ、山百合が咲いている。フダーヤはその岩屋に入って、凄く響く声の反響をききながら、「大塔宮が殺される時の声もこんなに響いたんだろうな」といった。隅に、巨大な蜘蛛が巣をかけていた。そ・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・根こぎにされたまま、七八尺あるその野生の躑躅は活々樺色の花をつけていた。 真先に詮吉が東京へ帰った。なほ子もやがて立つことになったが、単調な山の中に半月もいて、同じような郊外の家へ帰るのは如何にも詰らなかった。真直に夜の東京の中心に・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ 不安の文学の提唱も大して体系的に深められぬまま、すでにこれらの人々は考えるに飽き、今は、行動へ、明るさ朗らかさへ、野生で溌溂たる生へ! と落付かぬ眼差しを動かしているのである。けれども、このはっきりした基準のない行動への衝動欲求は、非・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 男の荒い掌 男の荒い掌が彼女をなでる前、彼女はまだどこか野生で、きめもあらい。生毛もある。一度男の荒い掌がそこにさわってなでると、彼女は丁度荒い男の掌という適度な紙やすりでこすられた象牙細工のように、濃やかに、滑ら・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ ○枯山に白くコブシの野生の花 遠くから見える景色よし 都会の公園 日比谷公園 六月二十七日 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、 ○池、柳、鶴 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・悲しい事に、今日東京に住む私共は、全然野生に放置された自然か、或は厭味にこねくられた庭か、而も前者はごく稀れにしか見られないと云う不運にあるのだ。 ジョージ・ギッシングは、非常に困難な一生を送り、芸術家としても決して華やかな生涯は経・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・とかいたりすることへの皮肉な気分も書かれていて、それ等の反撥はいずれも同感をもって思いやられた。野生な自然な反撥があるのだが、同時に野沢富美子が、その反撥をバカな流行唄をジャンジャン歌うというような形でしか表現することを知らないことに、心か・・・ 宮本百合子 「『長女』について」
・・・最も野生な人間は、食えるものは何でも食う。最も非人間的な男女は人間らしさを放棄した性へ還元して、両性関係を生きる。真実に自分を一個の社会人として自覚し、歴史のなかに自分一生の価値を見出そう、生きるに甲斐ある一生を送ろうと希う男女であるならば・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・家の前には広場の様な処が有って、野生の草花が咲いたり、家禽などが群れて居る。 この村人の育うものは、鳥では一番に鶏、次が七面鳥、家鴨などはまれに見るもので、一軒の家に二三匹ずつ居る大小の猫は、此等の家禽を追いまわし、自分自身は犬と云う大・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ところどころに清泉迸りいでて、野生の撫子いと麗しく咲きたり。その外、都にて園に植うる滝菜、水引草など皆野生す。しょうりょうという褐色の蜻あり、群をなして飛べり。日暮るる頃山田の温泉に着きぬ。ここは山のかいにて、公道を距ること遠ければ、人げす・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫