・・・小みちは要冬青の生け垣や赤のふいた鉄柵の中に大小の墓を並べていた。が、いくら先へ行っても、先生のお墓は見当らなかった。「もう一つ先の道じゃありませんか?」「そうだったかも知れませんね。」 僕はその小みちを引き返しながら、毎年十二・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・その前の所が少しばかり鉄柵に囲い込んで、鎖の一部に札が下がっている。見ると仕置場の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据えら・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・またそのむこうはフランス風の鉄柵だ。河岸通り。ネ河の流れがその鉄柵をとおして見えた。 こういう門の中に、レーニングラード対外文化連絡協会があるのだ。 厚い紅い色の絨毯が敷いてある。金塗の椅子やテーブルや鏡がそこの室内にはある。楕円形・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ モスクワ大学の立琴と鷲のギリシア式鉄柵の間に古本を挾んで売って居る。ゲーテ、三人姉妹、レムブラント、ノーヴィミール。など。 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・ 都会の公園 日比谷公園 六月二十七日 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、 ○池、柳、鶴 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首、 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・人通りの稀な街路の、右手は波止場の海水がたぷたぷよせている低い石垣、左側には、鉄柵と植込み越しに永年風雨に曝された洋館の閉された窓々が、まばらに光る雨脚の間から、動かぬ汽船の錆びた色を見つめている。左右に其等の静かな、物懶いような景物を眺め・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・低い鉄柵のかなたの街路を、黄色い乗合自動車、赤いキャップをかぶった自転車小僧、オートバイ、ひっきりなく駆け過るのが木間越しに見えた。電車の響もごうごうする。公園のペリカンは瘠せて頸の廻りの羽毛が赤むけになっていた。 ベンチのぐるりと並ん・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 芝生と鉄柵にかこまれてある。近よると袋小路ではなく路は建物について左右にわかれている。高い破風に金文字で「クララ・ツェトキンの名による産院」。 正面のガラス扉をあけて入ると、受付だ。外観が清楚でおどろいたが、内部のこの清潔さはどうだ!・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・土曜日の夜七時からある一シリング六ペンスのダンスとテニスに関する告示が鉄柵の上のビラに出してある。ここはロンドン市が誇りとする、そしてあらゆる案内書に名の出ている「民衆の宮」なのだ。何か民衆のための実際的な設備がなくてはならぬ筈である。・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
黄色いモスクワ大学の建物が、雪の中に美しく見える。凍った鉄柵に古本屋が本を並べてる。 狭い歩道をいっぱい通行人だ。電車が通る。自動車が通る。 モスクワ大学のいくつもある門を出たり入ったりする男女の学生の年は、まるで・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
出典:青空文庫