・・・ 馬鹿気ただけで、狂人ではないから、生命に別条はなく鎮静した。――ところで、とぼけきった興は尽きず、神巫の鈴から思いついて、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ その夜、私は前の日に医者から貰って置いた鎮静剤を飲み、少し落ちついてから、いまの日本の政治や経済の事は考えず、もっぱら先刻のお役人の生活形態に就いてのみ思いをめぐらしていた。 あのいまのひとの、ヘラヘラ笑いは、しかし、所謂民衆を軽・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ビイルでも一ぱい飲めば、今の、この何だかいらいらした不快な気持を鎮静させることが出来るかも知れぬと思った。「おい、」と店番の男の子を呼び、「ビイルだったら、お母さんがいなくても出来るわけだね。栓抜きと、コップを三つ持って来ればいいんだか・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・表六句の中に月が置かれているのはこの一ページのうわずるのを押える鎮静剤のようなきき目をもっている。裏十二の中に月と花が一つずつあってこの一楽章に複雑な美しさを与える一方ではまたあまりに放恣な運動をしないような規律を制定している。月が七句目の・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・この一条については下士の議論沸騰したれども、その首魁たる者二、三名の家禄を没入し、これを藩地外に放逐して鎮静を致したり。 これ等の事情を以て、下士の輩は満腹、常に不平なれども、かつてこの不平を洩すべき機会を得ず。その仲間の中にも往々才力・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・生きる情熱は、よかれあしかれ、しぶきをあげて波うち、激し、鎮静し、その過程に何らかの高貴さを発現するものである。 伝記というものも、こういう歴史そのものの本質に立つ以上、ある人の身の上にただこれこれしかじかの事件が起った、よくそれに耐え・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・で、この方面にはむしろ鎮静剤が必要なくらいです。特に恋愛の深いまじめな意味に対する感受性を鈍らせないために、性慾の暴威を打ちひしぐ必要があります。そのためには人格内の他の芽を力強く成長させなくてはならないのです。ワレンス夫人がルッソオに与え・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫