・・・ガラス窓から長方形の青空をながめながら、この笑い声を聞いていると、ものとなく悲しい感じが胸に迫る。 講談がおわるとほどなく、会が閉じられた。そうして罹災民諸君は狭い入口から、各の室へ帰って行く。その途中の廊下に待っていて、僕たちは、おと・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・おかしな事には、いま私たちが寄凭るばかりにしている、この欄干が、まわりにぐるりと板敷を取って、階子壇を長方形の大穴に抜いて、押廻わして、しかも新しく切立っているので、はじめから、たとえば毛利一樹氏、自叙伝中の妻恋坂下の物見に似たように思われ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 三十余りの人々長方形の卓を囲みて居並びしがみな眼を二郎の方にのみ注げば、わが入り来たれるに心づきしは少なかりき。一座粛然たる中に二郎が声のみぞ響きたる。かれが蒼白き顔は電燈の光を受けていよいよ蒼白く貴嬢がかつて仰ぎ見て星とも愛でし眼よ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 簿記函と書た長方形の箱が鼠入らずの代をしている、其上に二合入の醤油徳利と石油の鑵とが置てあって、箱の前には小さな塗膳があって其上に茶椀小皿などが三ツ四ツ伏せて有る其横に煤ぼった凉炉が有って凸凹した湯鑵がかけてある。凉炉と膳との蔭に土鍋・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ その時の映画の種板はたいてい一枚一枚に長方形の桐製のわくがついていて、映画の種類は東京名所や日本三景などの彩色写真、それから歴史や物語からの抜萃の類であった。そのほかに活動映画の先祖とも言われるべき道化人形の踊る絵があった。目をあいた・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・そうして、その上にその平面の中のある特別な長方形の部分だけを切り抜いて、残る全部の大千世界を惜しげもなくむざむざと捨ててしまうのである。実に乱暴にぜいたくな目である。それだけに、なろう事ならその限られた長方形の中に、切り捨てた世界をもいっし・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ このテントから少し北に離れて住居用の長方形テントが張ってある。ここがT君と陸地測量部から派遣された二人の測夫と三人の仮の宿である。これからまた少し離れた斜面にヤシャブシを伐採して急造した風流な緑葉ぶきの炊事小屋が建ててある。三本の木の・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町の彎曲した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙の右半はそれだけであとは空白であるが、左半の方にはややゴタゴタ入り組んだ街路がかいてある。不折・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・鶯横町は右下半に曲線を描いて子規庵は長さ一センチくらいのいびつな長方形でしるされてある。図の左半は比較的込み入っていて、不折邸附近の行きづまり横町が克明に描かれ「不折」「浅井」両家の位置が記入されている。面白いことは横町の入口の両脇の角に「・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・スクリーンの長方形の格好もほぼあのガラス張り水槽と同じである。画面の灰色の雰囲気が水のようにも思われる。その中を妙な格好をした浪士が、妙にちょこちょことあっちへ走り寄るかと思うと、またこっちへ駆け寄る。みんなでそろっておじぎをしたりする。そ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫