・・・女は、私が気恥かしい思をするほど丁寧に礼をのべて、門柱の処からこっちを見て居る男の子をさしまねいて、「何か買えとお金を下すったかんない。お礼云うだ。 男の子はまたポックリと首をまげて、クドクド何か云う母親の手を引っぱって帰っ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・軒下ではない。門柱の直ぐ傍だ。何だか粘土質らしい、敷石はずれの地びたの上に、古びた木造の犬小舎がある。 私は、その門から男も女も、活々した姿を現したのを嘗て一瞥したことさえない。門扉が開き、まして近頃はアンテナさえ張ってあるのが見えるか・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・石の一つに腰を下した。やがて幸雄も来て傍にかけた。いつの間にか背後の生垣の処に植木屋に混って詰襟を着た頑丈な男が蹲んで朝日をふかし始めた。石の門柱を立てる、土台の凝固土に菰がかぶせてある。そこから、ぶらりと背広を着た四十がらみの男が入って来・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫