・・・ 二十年余りの閑日月は、少将を愛すべき老人にしていた。殊に今夜は和服のせいか、禿げ上った額のあたりや、肉のたるんだ口のまわりには、一層好人物じみた気色があった。少将は椅子の背に靠れたまま、ゆっくり周囲を眺め廻した。それから、――急にため・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・戸数は三十有余にて、住民殆ど四五十なるが、いずれも俗塵を厭いて遯世したるが集りて、悠々閑日月を送るなり。 されば夜となく、昼となく、笛、太鼓、鼓などの、舞囃子の音に和して、謡の声起り、深更時ならぬに琴、琵琶など響微に、金沢の寝耳に達する・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・此時子規は余程の重体で、手紙の文句も頗る悲酸であったから、情誼上何か認めてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし、そう面白い種をあさってあるく様な閑日月もなかったから、つい其儘にして居るうちに子規は死んで仕舞った。 筺・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
出典:青空文庫