・・・をこしらえてそれを吸うという芸当だけは全く人間だけに限るようである。それでこの最も人間的な人間固有の享楽と慰安に資料を供給する専売局の仕事はこの点で最も独自なものであると云われるかもしれない。それでこの機会を利用して専売局に敬意を表すると同・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ これは堤防の上を歩みながら見る右側の眺望であるが、左側を見れば遠く小工場の建物と烟突のちらばらに立っている間々を、省線の列車が走り、松林と人家とは後方の空を限る高地と共に、船橋の方へとつづいている。高地の下の人家の或処は立て込んだり、・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・私は都会の北方を限る小石川の丘陵をば一年一年に恋いしく思返す。 十二、三の頃まで私は自分の生れ落ちたこの丘陵を去らなかった。その頃の私には知る由もない何かの事情で、父は小石川の邸宅を売払って飯田町に家を借り、それから丁度日清戦争の始まる・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・シャロットの女は鏡の限る天地のうちに跼蹐せねばならぬ。一重隔て、二重隔てて、広き世界を四角に切るとも、自滅の期を寸時も早めてはならぬ。 去れどありのままなる世は罪に濁ると聞く。住み倦めば山に遯るる心安さもあるべし。鏡の裏なる狭き宇宙の小・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・だが、その島も、船が寄港しない島に限るのであった。船がつくと、どんな島でも、資本主義にその生命を枯らされていることが暴露されるからであった。 燈台が一つより外無い島、そして燈台守以外には、一人の人間も居ない島、そんな島が幾つも浮んでいた・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ そもそも位階勲章なるものは、ただ政府中に限るべきものに非ず。官吏の辞職するは政府を去るものなれども、その去るときに位階勲章を失わず、あるいは華族の如き、かつて政府の官途に入らざるも必ず位階を賜わるは、その家の栄誉を表せらるるの意ならん・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・そして、そういうことをする者があるから、はたが困るよと云いながら、どういうわけか、頻りに腹がわるいんならこれに限ると紙コップについだビールを対手に押しつけてすすめていた。〔一九三八年一月〕・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・里芋の選分は江戸の坊様に限ると抜かしやぁがる。」「そのうち、もう江戸へ帰っても好さそうだというので、お袋と一しょに帰って来た。兄きは今の戸山学校の処に押し籠められていたものだ。お袋は早く兄きが内へ帰られるようにというので、小さい不動様の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・女の方が何かをひどく古い事のように言うのは、それを悪い事だったと思って後悔した時に限るようですからね。つまり別に分疏がなくって、「時間」に罪を背負わせるのですね。貴夫人。まあ、感心。男。何が感心です。貴夫人。だって旨く当りました・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ 視点を製作にのみ限る時には、事情はやや異なって来る。この範囲でJは態度の純一を欠かない。彼は官能享楽にのみ価値を認めて、誠実にそれを徹底させる。製作においては決して嘘をつかない。彼の製作の趣味が低劣だという批評は倫理的立場からくるので・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫