・・・ その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍が、この時、ふと思いついたように、主の陶器師へ声をかけた。「不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。」「左様でございます。」 陶器師は、仕事に気をとら・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・Hissarlik の素焼の陶器は自分をして、よりイリアッドを愛せしめる。十三世紀におけるフィレンツェの生活を知らなかったとしたら、自分は神曲を、今日の如く鑑賞する事は出来なかったのに相違ない。自分は云う、あらゆる芸術の作品は、その製作の場・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・大形な陶器の瓦斯煖炉も見えた。その煖炉の前を囲んで、しきりに何か話している三四人の給仕の姿も見えた。そうして――こう自分が鏡の中の物象を順々に点検して、煖炉の前に集まっている給仕たちに及んだ時である。自分は彼等に囲まれながら、その卓に向って・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・鋳物師も陶器造も遠慮は入らぬ。二人ともずっとこの机のほとりへ参れ。鮓売の女も日が近くば、桶はその縁の隅へ置いたが好いぞ。わ法師も金鼓を外したらどうじゃ。そこな侍も山伏も簟を敷いたろうな。「よいか、支度が整うたら、まず第一に年かさな陶器造・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・若者は、金や、銀に、象眼をする術や、また陶器や、いろいろな木箱に、樹木や、人間の姿を焼き付ける術を習いました。 りんご畑には、朝晩、鳥がやってきました。子供は、よく口笛を吹いて、いろいろな鳥を集めました。そして、鳥の性質について若者に教・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ところが、その翌る年の七月二十四日の陶器祭、この日は瀬戸物町に陶器作りの人形が出て、年に一度の賑いで、私の心も浮々としていたが、その雑鬧の中で私はぱったり文子に出くわしました。母親といっしょに祭見物に来ていたのです。文子は私の顔を見ても、つ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 何をする気にもならない自分はよくぼんやり鏡や薔薇の描いてある陶器の水差しに見入っていた。心の休み場所――とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出すことがあった。以前自分はよく野原などでこんな気持を経験したことがある。それ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・その美しい顔は一と眼で彼女が何病だかを直感させた。陶器のように白い皮膚を翳らせている多いうぶ毛。鼻孔のまわりの垢。「彼女はきっと病床から脱け出して来たものに相違ない」 少女の面を絶えず漣さざなみのように起こっては消える微笑を眺めなが・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・利休の指点したものは、それが塊然たる一陶器であっても一度その指点を経るや金玉ただならざる物となったのである。勿論利休を幇けて当時の趣味の世界を進歩させた諸星の働きもあったには相違ないが、一代の宗匠として利休は恐ろしき威力を有して、諸星を引率・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・香、扇子、筆墨、陶器、いろいろな種類の紙、画帖、書籍などから、加工した宝石のようなものまで、すべて支那産の品物が取りそろえてあったあの店はもう無い。三代もかかって築きあげた一家の繁昌もまことに夢の跡のようであった。その時はお三輪も胸が迫って・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫