・・・ 二つの悲劇 ストリントベリイの生涯の悲劇は「観覧随意」だった悲劇である。が、トルストイの生涯の悲劇は不幸にも「観覧随意」ではなかった。従って後者は前者よりも一層悲劇的に終ったのである。 ストリントベリイ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それはいかようとも御随意です。 鍵は投棄てました、決心をしたのです。私は皆さんが、たといいかなる手段をもってお迫りになろうとも、自分でこの革鞄は開けないのです。令嬢の袖は放さないのです。 ただし、この革鞄の中には、私一身に取って、大・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・御都合じゃからお蝋は上げぬようにと言うのじゃ。御随意であす。何か、代物を所持なさらんで、一挺、お蝋が借りたいとでも言わるる事か、それも御随意であす。じゃが、もう時分も遅いでな。」「いいえ、」「はい、」と、もどかしそうな鼻息を吹く。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 渠は左右のものを見、上下のものを視むるとき、さらにその顔を動かし、首を掉ることをせざれども、瞳は自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。 されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端の芝生の一面に白くほの見ゆるに、幾条の蛇の這えるが・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・画家 奥さん、――何事も御随意に。夫人 貴方、そのお持ち遊ばすお酒を下さい。――そして媒妁人をして下さい。画家 (無言にて、罎夫人 (ウイスキーを一煽りに、吻爺さん、肴をなさいよ。人形使 口上擬に、はい小謡の真似でも・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・上野の鐘の音も氷る細き流れの幾曲、すえは田川に入谷村、その仮声使、料理屋の門に立ち随意に仮色を使って帰る。廓へ近き畦道も、右か左か白妙に、この間に早瀬主税、お蔦とともに仮色使と行逢いつつ、登場・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・のであれば、頗る下等な理窟臭い事でも、直ぐにどうのこうのと騒ぐのである、修養を待ず直ぐ出来るような事は何によらず浅薄なものに極って居る、吾邦唯一の美習として世界に誇るべき立派な遊技社交的にも家庭的にも随意に応用の出来る此茶の湯というものが、・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・「そこは御随意になすってもらいましょう。――御窮屈なら、お父さん、おさきへ御飯を持って来させますから」と、僕は手をたたいて飯を呼んだ。「お父さんは御飯を頂戴したら、すぐお帰りよ」と、お袋はその世話をしてやった。 僕は女優問題など・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好みならどんな超モダンでもいい、ただその中に包まれた信仰の心がないのがいけないのである。薄っぺ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・第一の室――に向うを向いてしゃんと坐って、そうして釣竿を右と左と八の字のように振込んで、舟首近く、甲板のさきの方に亙っている簪の右の方へ右の竿、左の方へ左の竿をもたせ、その竿尻をちょっと何とかした銘の随意の趣向でちょいと軽く止めて置くのであ・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫