・・・政治、実業、芸術、科学、――いずれも皆こう云う僕にはこの恐しい人生を隠した雑色のエナメルに外ならなかった。僕はだんだん息苦しさを感じ、タクシイの窓をあけ放ったりした。が、何か心臓をしめられる感じは去らなかった。 緑いろのタクシイはやっと・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人た・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・とりのこされた綿の実が、白く見える耕地からゆるやかな起伏をもって延びて居る、色彩の多い遠景、近くに見ると、色絨壇のような樹々の色も、遠くなるにつれて、混合した、一種の雑色となって、澄んだ空の下に横わって居る。 赤や茶や黄や、緑や、其等の・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
出典:青空文庫