・・・初夏の青草だ。どっから来たのかわからない水が浅くひろくその原を浸していた。水づかりの原に壊れて雨風にさらされた牧柵が立っていた。少し行ったら水かさのました川で柳があたまだけ水から出して揺れていた。 雪解け後は乾ききったモスクワから来ると・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・からたちの垣に白い花が咲くころ、柔かくゆたかな青草が深くしげったその廃園の趣は、昔、植えられた古い庭木が枝をさしかわししげっているためもあって、云うに云えない好奇のこころを動かされた。からたち垣のこわれたところから、女の子はあこがれのこころ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ これからは青草も多く心のままに得られるだろうけれ共雪ばかり明け暮れ降りしきる北の国に定められた臥床もなくて居る時はさぞわびしいだろう。 あんまり自由すぎて育てられた子供の様な気で居るに違いない。 私はこんな事も思った。 そ・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 天鵝絨のように生えた青草の上に、蛋白石の台を置いて、腰をかけた、一人の乙女を囲んで、薔薇や鬱金香の花が楽しそうにもたれ合い、小ざかしげな鹿や、鳩や金糸雀が、静かに待っています。 そして、台の左右には、まるで掌に乗れそうな体のお爺さ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ まっさおの海の中に謎のようにある御台場のあの青草の中には蕾をもってるのも有るだろうし小っぽけな花のあるのも有るんだろう、キット。行って見たい事、前にもやしてある小舟を見てそう思いながらあのはじっこに坐って波のささやきと草の香りにつつま・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ コーコー、コーコー笑いさざめきながら水共が、或るときは岸に溢れ出し、或るときは途方もないところまで馳けこんで大賑やかな河原には小石の隙間から一面に青草が萌え、無邪気な雲雀の雛の囀りが、かご茨や河柳の叢から快く響いて来る。 桑の芽は・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ ○桑の尺とり虫が出始め、道ばたに青草がしげり出し、くもが這いまわる。 ○手品使の広告が通る。広い桜の生わった野道を、多勢の子供にぞろぞろとあとをつかれながら、赤いトルコ帽に、あさぎの服を着た楽隊を先頭にして、足に高い棒材でつぎ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 三番池は美くしい水草の白く咲く、青草の濃いのどやかな池であった。 この池に落ち込む、小川のせせらぎが絶えずその入口の浅瀬めいた処に小魚を呼び集めて、銀色の背の、素ばしこい魚等は、自由に楽しく藻の間を泳いで居た。この池は、この村唯一・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・すると、青草の中で、鎌を研いでいた若者が彼を仰いだ。「その火は、いつまで焚くんです?」と彼は訊いた。「これだけだ。」と若者はいいながら火のついた麦藁を鎌で示した。「その火は焚かなくちゃ、いけないものですか。」 若者は黙って一・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そこで、彼は蒼ざめた顔をして保護色を求める虫のように、一日丘の青草の中へ坐っていた。日が暮れかかると彼は丘を降りて街の中へ這入って行った。時には彼は工廠の門から疲労の風のように雪崩れて来る青黒い職工達の群れに包まれて押し流された。彼らは長蛇・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫