ある婦人雑誌社の面会室。 主筆 でっぷり肥った四十前後の紳士。 堀川保吉 主筆の肥っているだけに痩せた上にも痩せて見える三十前後の、――ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と呼ぶのに躊躇することだけは事実・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ そこへまた筋肉労働者と称する昨日の青年も面会に来た。青年は玄関に立ったまま、昨日貰った二冊の本は一円二十銭にしかならなかったから、もう四五円くれないかと云う掛け合いをはじめた。のみならずいかに断っても、容易に帰るけしきを見せなかった。・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・当時夏目先生の面会日は木曜だったので、私達は昼遊びに行きましたが、滝田さんは夜行って玉版箋などに色々のものを書いて貰われたらしいんです。だから夏目先生のものは随分沢山持っていられました。書画骨董を買うことが熱心で、滝田さん自身話されたことで・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・ 何しろ社交上の礼儀も何も弁えない駈出しの書生ッぽで、ドンナ名士でも突然訪問して面会出来るものと思い、また訪問者には面会するのが当然で、謝絶するナゾとは以ての外の無礼と考えていたから、何の用かと訊かれてムッとした。「何の用事もありま・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・自分に特に面会を求めたのも新聞記者であって、或人は損害の程度を訊いた。或人は保険の額を訊いた。或人は営業開始の時期を訊いた。或人は焼けた書籍の中の特記すべきものを訊いた。或人は丸善の火災が文明に及ぼす影響などゝ云う大問題を提起した。中には又・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
一 二葉亭との初対面 私が初めて二葉亭と面会したのは明治二十二年の秋の末であった。この憶出を語る前に順序として私自身の事を少しくいわねばならない。 これより先き二葉亭の噂は巌本撫象から度々聞いていた。巌本は頻りに二葉亭の人物・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供をしたりまたわざと矛盾する口供をしたりして、予審を二三週間長引かせた。その口供が故意にしたのであったという事は、後になって分かった。 ある夕方女房は檻房の床の上に倒れて死ん・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞社だった。受付で一時間ばかり待たされているとき、ふと円山公園で接吻した女の顔を想いだした。庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙に・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 社長は面会を拒絶した。お前はすごすご帰って、おれに相談した。おれは渋い顔で、「――じゃ、早速その新聞を攻撃する文章を、広告にしてのせて貰うんだね」 れいの「川那子丹造の真相をあばく」が出たのは、それから間もなくだ。その時のお前・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 第五スタジオの控室で、放送開始時間を待っていると、給仕が、「赤団治さんに御面会です。お宅の奥さんが受付へ来ておられます」と、知らせに来た。「えっ、女房が……? 新聞を見て来よったんやろか。すぐ行きます。おおけに……」 飛び・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫