・・・「もっとも、彼等の作物を測定器へのせたら、針が最低価値を指したと云う風説もありますがな。もしそうだとすれば、彼等はディレムマにかかっている訳です。測定器の正確を否定するか、彼等の作物の価値を否定するか、どっちにしても、難有い話じゃありません・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・今ごろは風説にも聞かねえが、こんな処さ出おるかなあ。――浜方へ飛ばねえでよかった。――漁場へ遁げりゃ、それ、なかまへ饒舌る。加勢と来るだ。」「それだ。」「村の方へ走ったで、留守は、女子供だ。相談ぶつでもねえで、すぐ引返して、しめた事・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・め、霜に緋葉の散る道を、爽に故郷から引返して、再び上京したのでありますが、福井までには及びません、私の故郷からはそれから七里さきの、丸岡の建場に俥が休んだ時立合せた上下の旅客の口々から、もうお米さんの風説を聞きました。 知事の妾となって・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・饂飩酒場の女房が、いいえ、沼には牛鬼が居るとも、大蛇が出るとも、そんな風説は近頃では聞きませんが、いやな事は、このさきの街道――畷の中にあった、というんだよ。寺の前を通る道は、古い水戸街道なんだそうだね。」「はあ、そうでなす。」「ぬ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・いやいや、余り山男の風説をすると、天井から毛だらけなのをぶら下げずとも計り難し。この例本所の脚洗い屋敷にあり。東京なりとて油断はならず。また、恐しきは、猿の経立、お犬の経立は恐しきものなり。お犬とは狼のことなり。山口の村に近き二ツ石・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・…… われら町人の爺媼の風説であろうが、矯曇弥の呪詛の押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾の手に成ったのだと言うのである。しかも、その側室は、絵をよくして、押絵の面描は皆その彩筆に成ったのだと聞くのも意・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 近頃は風説に立つほど繁昌らしい。この外套氏が、故郷に育つ幼い時分には、一度ほとんど人気の絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山の麓を、五町ばかり川添に、途中、家のない処を行くので、雪にはいうまでもなく埋もれる。平家づく・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・――ああ、その時お光のかぶったのは、小児の鳥打帽であったのに―― 黒い外套を来た湯女が、総湯の前で、殺された、刺された風説は、山中、片山津、粟津、大聖寺まで、電車で人とともに飛んでたちまち響いた。 けたたましい、廊下の話声を聞くと、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・綺麗なお嬢さんがおいでなさるという事を、時々風説に聞きました。夫人 ええ、先生は、寒い時寒い、と言うほど以上には、お耳には留まらなかったでございましょう。私は貴方に見られますのが恥かしくッて、貴方のお座敷ばっかりは、お敷居越にも伺った事・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 鴎外が博物館総長の椅子に坐るや、世間には新館長が積弊を打破して大改革をするという風説があった。丁度その頃、或る処で鴎外に会った時、それとなく噂の真否を尋ねると、なかなかソンナわけには行かないよ、傍観者は直ぐ何でも改革出来るように思・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫