・・・帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡に在り 夭桃満面好手姿 丶大名士頭を回せば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然 鞋花笠雪三千里 雨に沐し風に梳る数・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・という電報が朝の新聞に見え、いよいよ海戦が初まったとか、あるいはこれから初まるとかいう風説が世間を騒がした日の正午少し過ぎ、飄然やって来て、玄関から大きな声で、「とうとうやったよ!」と叫った。「やったか?」と私も奥から飛んで出で、「・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・四年前――昭和六年八月十日の夜、中之島公園の川岸に佇んで死を決していた長藤十吉君を救って更生への道を教えたまま飄然として姿を消していた秋山八郎君は、その後転々として流転の生活を送った末、病苦と失業苦にうらぶれた身を横たえたのが東成区北生野町・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その中百円を葬儀の経費に百円を革包に返し、残の百円及び家財家具を売り払った金を旅費として飄然と東京を離れて了った。立つ前夜密に例の手提革包を四谷の持主に送り届けた。 何時自分が東京を去ったか、何処を指して出たか、何人も知らない、母にも手・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・が、その間々にそろりそろりと雁坂越の準備をはじめて、重たいほどに腫れた我が顔の心地悪しさをも苦にぜず、団飯から脚ごしらえの仕度まですっかりして後、叔母にも朝食をさせ、自分も十分に喫し、それから隙を見て飄然と出てしまった。 家を出て二三町・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・東京はいやだ、殺風景すぎる、僕は北京に行きたい、世界で一ばん古い都だ、あの都こそ、僕の性格に適しているのだ、なぜといえば、――と、れいの該博の知識の十分の七くらいを縷々と私に陳述して、そうして間もなく飄然と渡支した。その頃、内地に於いて、彼・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ままになる事なら、その下手くその作品を破り捨て、飄然どこか山の中にでも雲隠れしたいものだ、と思うのである。けれども、小心卑屈の私には、それが出来ない。きょう、この作品を雑誌社に送らなければ、私は編輯者に嘘をついたことになる。私は、きょうまで・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・、黒衣の新夫婦は唖々と鳴きかわして先になり後になり憂えず惑わず懼れず心のままに飛翔して、疲れると帰帆の檣上にならんで止って翼を休め、顔を見合わせて微笑み、やがて日が暮れると洞庭秋月皎々たるを賞しながら飄然と塒に帰り、互に羽をすり寄せて眠り、・・・ 太宰治 「竹青」
・・・どうせ太閤などには、風流の虚無などわかりっこないのだから、飄然と立ち去って芭蕉などのように旅の生活でもしたら、どんなものだろう。それを、太閤から離れるでもなく、またその権力をまんざらきらいでもないらしく、いつも太閤の身辺にいて、そうして、一・・・ 太宰治 「庭」
・・・そう書き置きをしたためて、その夜、飄然と家を出た。満月が浮んでいた。満月の輪廓は少しにじんでいた。空模様のせいではなかった。太郎の眼のせいであった。ふらりふらり歩きながら太郎は美男というものの不思議を考えた。むかしむかしのよい男が、どうして・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫