・・・まあ精々食べるようにならなくっちゃいけない。」「これで薬さえ通ると好いんですが、薬はすぐに吐いてしまうんでね。」 こう云う会話も耳へはいった。今朝は食事前に彼が行って見ると、母は昨日一昨日よりも、ずっと熱が低くなっていた。口を利くの・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・あなたのように莫迦正直では、このせち辛い世の中に、御飯を食べる事も出来はしません。」と、あべこべに医者をやりこめるのです。 さて明くる日になると約束通り、田舎者の権助は番頭と一しょにやって来ました。今日はさすがに権助も、初の御目見えだと・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・二人は黙ったままで本気に争った。食べるものといっては三枚の煎餅しかないのだから。「白痴」 吐き出すように良人がこういった時勝負はきまっていた。妻は争い負けて大部分を掠奪されてしまった。二人はまた押黙って闇の中で足しない食物を貪り喰っ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・今まで泣いていて、すぐそれを食べるのはすこしはずかしかったけれども、すぐ食べはじめた。 そこに、焼けあとで働いている人足が来て、ポチが見つかったと知らせてくれた。ぼくたちもだったけれども、おばあさまやおかあさんまで、大さわぎをして「どこ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・嫁さんが食べる方が、己が自分で食べるより旨いんだからな。」「あんなことをいうんだよ。」 と女房は顔を上げて莞爾と、「何て情があるんだろう。」 熟と見られて独で頷き、「だって、男は誰でもそうだぜ。兄哥だってそういわあ。船で・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・(門火なんのと、呑気なもので、(酒だと燗だが、こいつは死人焼……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸も裾もあけはだけで起上りました。あなた、その時、火の誘った夜風で、白い小さな人形がむくりと立ったじゃありませんか。ぽん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・あれを食べると、体に変わりができるということです。食べるなというものは、なんでも食べないほうがいいのです。」といいました。「あんなにきれいな花を、なぜ食べてはいけないのだろう。」と、一ぴきの子供の魚は、頭をかしげました。「あの花が、・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・それでなければ、あまり赤くてきれいな実だから、食べるのが惜しくてしまっておいたのかもしれません。そして、そのうちに忘れてしまって、どこかへ飛んでいってしまったのでしょう。」と、お母さんはおっしゃいました。義雄さんは、なんだかそのうぐいすがな・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・朝、瀬多川で顔を洗い、駅前の飯屋で朝ごはんを食べると、もう十五銭しか残っていなかった。それで煙草とマッチを買い、残った三銭をマッチの箱の中に入れて、おりから瀬多川で行われていたボート競争も見ずに、歩きだした。ところが、煙草がなくなるころには・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・女の子は夢中になって、ガツガツと食べると、「おっちゃん、うちミネちゃん言うねん。年は九つ」 いじらしい許りの自己紹介だった。「ふーん。ミネちゃんのお父つぁんやお母はんは……?」 きくと、ミネ子はわっと泣きだした。「判った・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫