・・・ 泰さんは始新蔵から、お島婆さんがお敏へ神を下して、伺いを立てると云う事を聞いた時に、咄嗟に胸に浮んだのは、その時お敏が神憑りの真似をして、あの婆に一杯食わせるのが一番近道だと云う事でした。そこで前にも云った通り、家相を見て貰うのにかこ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・それでは今度の下宿はうまい物を食わせるのか。B 三度三度うまい物ばかり食わせる下宿が何処にあるもんか。A 安下宿ばかりころがり歩いた癖に。B 皮肉るない。今度のは下宿じゃないんだよ。僕はもう下宿生活には飽き飽きしちゃった。A・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・こんな不意打を食わせるなんて、どこにあるもんか!」 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は、部屋の隅で、目をこすって、鼻をすゝり上げて・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・と、おっしゃって、いや、言っていることになっているが、作品の最後の一行に於て読者に背負い投げを食わせるのは、あまりいい味のものでもなかろう。所謂「落ち」を、ひた隠しに隠して、にゅっと出る、それを、並々ならぬ才能と見做す先輩はあわれむべき哉、・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・あれはどうも映画師がほとんど計画的に食わせるように思われて不愉快であった。白人にとっては黒人はおそらくゼブラや疣猪とたいしてちがったものには思われてないのではないかという気がしてならない。黄色人はどの程度に思われているのかが次の問題になる。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・と一人が評すると「ビステキの化石を食わせるぞ」と一人が云う。「造り花なら蘭麝でも焚き込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様の解釈をしたが、三様共すこぶる解しにくい。「珊瑚の枝は海の底、薬を飲んで毒を吐く軽薄の児」と言いか・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・まじないが利かなければ、こんなに一般の習慣となる訳がないと云って得意に梅干を食わせるんだからな」「なるほどそれは一理あるよ、すべての習慣は皆相応の功力があるので維持せらるるのだから、梅干だって一概に馬鹿には出来ないさ」「なんて君まで・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・あるきさえすればきっと食わせるよ」「それから……」「まだ何か注文があるのかい」「うん」「何だい」「君の経歴を聞かせるか」「僕の経歴って、君が知ってる通りさ」「僕が知ってる前のさ。君が豆腐屋の小僧であった時分から…・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・僕が其時返辞をして、行ってもええけれど又鮭で飯を食わせるから厭だといった。其時は大に御馳走をした。鮭を止めて近処の西洋料理屋か何かへ連れて行った。 或日突然手紙をよこし、大宮の公園の中の万松庵に居るからすぐ来いという。行った。ところがな・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・爰処へこんな三階作りが出来て洋食を食わせるなんていうのは。ヤア品川湾がすっかり見えるネー、なるほどあれが築港の工事をやっているのか。実に勇ましいヨ。どしどし遣らなくっちゃいかんヨ。」「君はどの汽車に乗るのだ。」「僕は二時半の東海道線だが、尤・・・ 正岡子規 「初夢」
出典:青空文庫