・・・ ところが資本主義の経済生活は、漸次に種子をその土壌から切り放すような傾向を馴致した。マルクスがその「宣言」にいっているように、従来現存していたところの人々間の美しい精神的交渉は、漸次に廃棄されて、精神を除外した単なる物的交渉によってお・・・ 有島武郎 「想片」
・・・というのは、階級意識の確在を肯定し、その意識が単に相異なった二階級間の反目的意識に止まらず、かかる傾向を生じた根柢に、各階級に特異な動向が働いているのを認め、そしてその動向は永年にわたる生活と習慣とが馴致したもので、両階級の間には、生活様式・・・ 有島武郎 「片信」
・・・もちろん進化論者に云わせるとこの願望も長い間に馴致発展し来ったのだと幾分かその発展の順序を示す事ができるかも知れない。と云うものはそんな傾向をもっておらないようなもの、その傾向に応じて世の中に処して来なかったものは皆死んでしまったので、今残・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・感化され、馴致されることに、常に反撥している。その心持はどこから来るのであろうか。 私は、自分が、狭い、臭い格子のうちで五ヵ月、半年と暮した間に、何人かそのような、言葉をかけてその心持をきいて見たい少年らの姿を見たのである。 そ・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・会の有機的組織は、箇人の種々雑多な箇性に依って構成されるものではあっても、若し自分が比較的安易に、且つ好結果を得ようとするのには、どうしても、其の相互関係に何等の不調和をも起さない程度に、自らの箇性を馴致する事を、意識無意識に必要と認めるよ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・では、この社会の世俗の通念でいい生活と思われている小市民風な生活設計を守るために、本能も馴致されなければならないものとされ、そのために文学がつかわれることとなった。文学がその作家の文学的性格の強靭さの故によるというよりは寧ろ、世間を渡る肺活・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 或境遇に、人間が馴致されると云うことは、人々は理論として明に知り、また客観的観察として、屡々口にする。而も、其当人が、自己が如何那境遇を持ち、それに自己の性格のどんな部分を、如何に馴致されて居るか、深く反省することは、あまり屡々ではな・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・それは、闘争の武器として磨かれてこそ、プロレタリア文学の作品は新たな価値に輝くのであって、ブルジョア的なものへの馴致は意味ないということである。「モルヒネ」にしろ「火を継ぐもの」にしろ作者たちの凜然たる階級的肉薄は感じられないのである。・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・ 私は、ひそかにこの男の、エティケットについて、或る意味での既成社交的への馴致の傾向について、少なからず歴史的興味を抱いて観察している者の一人である。何故なら大戦の経験後、今日の、ブルジョア・ヨーロッパの文化は、女に対する男の騎士道の礼・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・従来馴致された作家横光の読者といえども、知性を抹殺する知性の遊戯を快く受ける迄に、虚脱させられていないのである。 横光氏は、自身の文学的教養として従来フランス文学の伝統を汲んで来たと思われる。純粋小説云々のことも、あながち、スタンダール・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫