六月一日私は 精神のローファー定った家もなく 繋がれた杭もなく心のままに、街から街へ小路から 小路へと霊の王国を彷徨う。或人のように 私は古典のみには安らえない。又、或人のように、・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・変に髪のこげたような匂いとその、ローストビーフのようなところ等。そして、みな黒こげで、子供位の体しかなくもがいた形のままで居る。只足の裏だけやけないので気味がわるい。 ○橋ぎわに追い込まれ、舟につかまろうとしても舟はやけて流れるのでたま・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・――アポローばりの立琴をきかせられたり、優らしい若い女神が、花束飾りをかざして舞うのを見せられたりすると、俺の熾な意気も変に沮喪する。今も、あの宮の階段を降りかけていると丸々肥って星のような眼をした天童が俺を見つけて、「もうかえゆの? 又、・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 篤は行きつまった様に千世子の方を見て笑った。「ええ、ええ、そうです、 ほんとうにそんなものの中に生きて居るのはほんとうに奇麗なもんです。 でもね私はもっと知ってますよ。 ローソクの輝きで見る髪の毛、 太陽に向っ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・赤黄いローソクの灯の上で白い着物の人間が青いかおを半分だけ赤くして狂って居る様子、白粉をぬった娘や若い男の間を音もなくすりぬけすりぬけ歩いて居る青白く光る霊、いくら目をつぶっても話をしても思い出された。人達は気の狂ったあばれ様をするものを引・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
新聞包をかかえて歩いてる。 中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・ ○真に自分と合一致し得た者を得たと云う点に於て、自分は、罪と罰の、ロージャを羨む。 ○自分は多くのものを愛して居る。が恋は出来ない。私の道徳的な考えを滅茶滅茶にする丈、強い力はどこにも見つかりそうにもない。それは、自分の恋・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ そして、ローソクを消そうとして、落し、部屋は真暗になりました。 この数語は、小いロザリーの頭に刻み込まれました。アンナは、翌日はもうこの世の人でありませんでした。池に身を投げて死んでしまったのです。 恐ろしい出来事の二週間後、・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・この辞典において、リアリズムに連関して現れている芸術家はゾラ、フローベル、モネ、セザンヌ等であり、しかも編者は明瞭な言葉でリアリズムの階級性にも言及している。「我々マルクス主義者の云うリアリズムをはき違えて、あたかもそれが十九世紀後半の写実・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・の初日に滝沢氏の演じられた弟の独白の場面で、舞台の一隅に置かれた枝蝋燭立てから一本の燃えているローソクが舞台の上に落ちました。そこは貴族の室内である。弟は陰険奸悪な陰謀者である。彼は一人で室内を行きつ戻りつしながら、古典劇らしく自身の悪計を・・・ 宮本百合子 「一つの感想」
出典:青空文庫