出典:青空文庫
・・・木村はいつもになくまじめな、人をおしつけるような声で、「君はベツレヘムで生まれた人類が救い主エス、クリストを信じないか。」 別に変わった文句ではありませんが、『ベツレヘム』という言葉に一種の力がこもっていて、私の心にかつてないものを・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず来いとよび立てました。 おばあさんはそれを聞きましたが、その日はこの世も天国ほどに美しくって、これ以上のものをほしい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 外国の人もまた、マリヤ様、エス様が、たいへんありがたいおかたであるという事は、教会の雰囲気に依って知らされ、小さい時からお祈りをする習慣だけは得ていながらも、かならずしも聖書にあらわれたキリストの悲願を知ってはいないのだ。J・M・マリ・・・ 太宰治 「世界的」
・・・世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯を与えているという理由だけにて、まったくこの猛獣に心をゆるし、エスやエスやなど、気楽に呼んで、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめ、三歳のわが愛子をして、その猛獣の・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・然るにどうしたことか、ユンケル氏の宅から少し隔った、今は名を忘れたが、何でもエスで始まった名の女の宣教師の宅へ入ってしまった。その女宣教師も知った人であり、一、二度も私の家に来たこともある人ではあったのだ。ベルを押し、請ぜられて応接間に入り・・・ 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・ ヤソ教なんかもエスが即ち神だと云う人と、ヤソってものが人間からかけはなれて居る神と云うものを紹介した人だと云う人もある。 ある人は昔、今よりも人間が無智と云う尊い名にとらわれて居た時には、エス様は天上なすって神に御なりなさった・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・――私と倶に暮しているYは、女ながらおかしい心をもっていて、往来で犬に出会うと、「S、エス、エス」と大きな声で呼ぶ。犬は尾を振らぬ。「おや、Sじゃなかったか。ポチ、ポチ、――ポチふうむ、ポチでもないのか」 夜、暗く長い桜並木・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・釈尊やイエスはこれを解いて、多くの精霊を救う。この救われたる衆生が真の人生を現わしたか。救われずして地獄の九圏の中に阿鼻叫喚しているはずの、たとえば歴山大王や奈翁一世のごとき人間がかえって人生究竟の地を示したか。これは未決問題である。宗教の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」