出典:青空文庫
・・・その著名なるものをあぐれば、クライスト、マインレンデル、ワイニンゲル…… 問 君の交友は自殺者のみなりや? 答 必ずしもしかりとせず。自殺を弁護せるモンテェニュのごときは予が畏友の一人なり。ただ予は自殺せざりし厭世主義者、――ショオ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・いかさまクライストは大天才ですね。その第一行から、すでに天にもとどく作者の太い火柱の情熱が、私たち凡俗のものにも、あきらかに感取できるように思われます。訳者、鴎外も、ここでは大童で、その訳文、弓のつるのように、ピンと張って見事であります。そ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ゲエテとクライスト、プロレゴーメナ、歌行燈、三冊、七十銭。鴨肉百目、七十銭。ねぎ、五銭。サッポロ黒ビイル一本、三十五銭。シトロン、十五銭。銭湯、五銭。六年ぶりで、ゆたかでした。使い切れず、ポケットには、まだ充分に。それから一年ちかく、二三度・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この小説の主人公は、あしたにはゲエテを気取り、ゆうべにはクライストを唯一の教師とし、世界中のあらゆる文豪のエッセンスを持っているのだそうで、その少年時代にひとめ見た少女を死ぬほどしたい、青年時代にふたたびその少女とめぐり逢い、げろの出るほど・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・シェリイ、クライスト、ああ、プウシュキンまでも、さようなら。私は、あなたの友でない。あなたたちは、美しかった。私のような、ぶざまをしない。私は、見られて、みんごと糞リアリズムになっちゃった。笑いごとじゃない。十万億土、奈落の底まで私は落ちた・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・その点だけでも、クライスト、透谷よりは、たのもしく、学ぶところも多いような気がする。おのれの才能にも、学殖にも絶望した一人の貧しい作家は、いまは、すべてをあきらめて、せめて長寿に依って、なんとか補いをつけようと心ひそかに健康法を案じている様・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・君もまたクライストのくるしみを苦しみ、凋落のボオドレエルの姿態に胸を焼き、焦がれ、たしかに私と甲乙なき一二の佳品かきたることあるべしと推量したからである。ただし私、書くこと、この度一回に限る。私どんなひとでも、馴れ合うことは、いやだ。 ・・・ 太宰治 「もの思う葦」