出典:青空文庫
・・・なるほどそれはニコライ堂の十倍もある大建築です。のみならずあらゆる建築様式を一つに組み上げた大建築です。僕はこの大寺院の前に立ち、高い塔や円屋根をながめた時、なにか無気味にさえ感じました。実際それらは天に向かって伸びた無数の触手のように見え・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ そのほかまだ数え立てれば、砲兵工廠の煙突の煙が、風向きに逆って流れたり、撞く人もないニコライの寺の鐘が、真夜中に突然鳴り出したり、同じ番号の電車が二台、前後して日の暮の日本橋を通りすぎたり、人っこ一人いない国技館の中で、毎晩のように大・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・だから君、火星のアアビングや団十郎は、ニコライの会堂の円天蓋よりも大きい位な烏帽子を冠ってるよ』『驚いた』『驚くだろう?』『君の法螺にさ』『法螺じゃない、真実の事だ。少くとも夢の中の事実だ。それで君、ニコライの会堂の屋根を冠・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・そこは花壇の隅の狭い芝生の上であった。ニコライの鐘楼と丸屋根が美しく冬日に輝いて、霜どけの花壇では薬草サフランと書いた立札だけが何にも生えていない泥の上にあった。由子はうっとり――思いつめたような恍惚さで日向ぼっこをした。お千代ちゃんは眩し・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・彼らがひざまずいて祈りはじめ哀号しはじめると、皇帝ニコライは慈愛深い父たる挨拶として無警告の一斉射撃を命じた。灰色の官給長外套を着たプロレタリアートの子が命令の意味を理解せず山羊皮外套を着たプロレタリアートの子を射った。「血の日曜日」である・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 駿河台のニコライ大主教 ○日本に五十五年も居て明治45年に死んだ。来たのはハコダテの領事館づき。その頃はこだては榎本武揚の事があった故か仙台の浪人が多く居た。一人、四国の漢学者の浪人アリ。攘夷論の熾なとき故一つ殺し・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」