ルイの解説 - 小学館 大辞泉

フランス国王の名。

(9世)[1214~1270]在位1226~1270。諸侯の反乱を抑えて王権を拡大。ソルボンヌ神学校を創設。第7回・第8回十字軍に参加し、チュニスで病没。聖ルイ。聖王。
(11世)[1423~1483]在位1461~1483。シャルル7世の子。諸侯の力を抑えるとともに王領を拡大し、絶対王政の基礎を確立した。駅逓を創設。
(13世)[1601~1643]在位1610~1643。アンリ4世の子。1624年、宰相リシュリューを登用、貴族・プロテスタント勢力を抑圧し、ブルボン王朝の基礎を固めた。正義王。
(14世)[1638~1715]在位1643~1715。の子。宰相マザランの死後、親政。コルベールを登用して財政を再建し、重商主義政策を推進、しばしば対外戦争を起こして植民地を拡大する一方、文化面でも学芸の奨励、ベルサイユ宮殿の建設などを行い、ブルボン王朝の最盛期を現出した。「朕は国家なり」という言葉を残した典型的な絶対主義君主。太陽王。
(15世)[1710~1774]在位1715~1774。の曽孫。七年戦争で敗れ、インド・カナダの植民地を失い財政の窮乏を招いた。
(16世)[1754~1793]在位1774~1792。の孫。チュルゴーネッケルらを登用、財政再建に努めたが成功せず、三部会の召集を強要され、それを機にフランス革命が勃発。国外逃亡に失敗して王権を停止され、国民公会から「国民への敵対行為」の罪に問われ処刑された。
(18世)[1755~1824]在位1814~1824。の弟。フランス革命で亡命し、ナポレオン失脚後の王政復古で即位。王党派の行きすぎた反動を抑え、貴族と市民階級の対立の緩和を図った。

出典:青空文庫