出典:青空文庫
・・・「無駄だねえ。」 と清い声、冷かなものであった。「弘法大師御夢想のお灸であすソ、利きますソ。」 と寝惚けたように云うと斉しく、これも嫁入を恍惚視めて、あたかもその前に立合わせた、つい居廻りで湯帰りらしい、島田の乱れた、濡手拭・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・稲荷大明神がある。弘法大師もあれば、不動明王もある。なんでも来いである。ここへ来れば、たいていの信心事はこと足りる。ないのはキリスト教と天理教だけである。どこにどれがあるのか、何を拝んだら、何に効くのか、われわれにはわからない。 しかし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・人々は、いまじゃ弘法大師もさっぱり睨みがきかなくなったと云って罰のバチがあたることを殆んど信じなくなっている。 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・それよりまた梯子を上り、百万遍の念珠、五百羅漢、弘法大師の護摩壇、十六善神などいうを見、天の逆鉾、八大観音などいうものあるあたりを経て、また梯子を上り、匍匐うようにして狭き口より這い出ずれば、忽ち我眼我耳の初めてここに開けしか、この雲行く天・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・仙人は建築が上手で、弘法大師なども初は久米様のいた寺で勉強した位である、なかなかの魔法使いだったから、雲ぐらいには乗ったろうが、洗濯女の方が魔法が一段上だったので、負けて落第生となったなどは、愛嬌と涎と一緒に滴るばかりで実に好人物だ。 ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・実際土佐では弘法大師と兼山との二人がそれぞれあらゆる奇蹟と機知との専売人になっているのである。 十七 野中兼山の土木工学者としての逸話を二つだけ記憶している。その一つは、わずかな高低凹凸の複雑に分布した地面の水準・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・この地をえらんだ弘法大師の見識にもつくづく敬服するような気持ちになった。 それは外郭に連なる山々によって平野から切り離された、急峻な山の斜面である。幾世紀を経て来たかわからない老樹たちは、金剛不壊という言葉に似つかわしいほどなどつしりと・・・ 和辻哲郎 「樹の根」