• 意味
  • 例文
  • 慣用句
  • 画像

新藤兼人の解説 - 小学館 大辞泉

[1912~2012]映画監督・脚本家。広島の生まれ。本名、兼登 (かねと) 。戦後、吉村公三郎監督とのコンビで脚本家として活躍。昭和25年(1950)吉村らと独立プロダクションの先駆けとなる「近代映画協会」を設立。のち「愛妻物語」で監督デビュー。代表作「原爆の子」「裸の島」「生きたい」など。平成14年(2002)文化勲章受章。

新藤兼人の解説 - SOCKETS人物データベース

溝口健二の現場を知る日本映画の生き証人ともいうべき監督/脚本家だったが、最後の作品と宣言して取り組んだ『一枚のハガキ』公開の翌年、100歳を迎えて1ヶ月後に死去。独立独歩、インディペンデント映画の父でもあり「裸の島」はその好例。晩年は、しなやかに、しぶとく戦争体験者として非戦を訴えつづけた。
出生地
広島県
生年月日
1912年4月22日 おうし座
没年月日
2012年5月29日(享年100歳)

[演劇・映画/演劇人・映画人]カテゴリの言葉