出典:青空文庫
・・・ 私は親鸞や日蓮と一しょに、沙羅双樹の花の陰も歩いています。彼等が随喜渇仰した仏は、円光のある黒人ではありません。優しい威厳に充ち満ちた上宮太子などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ しかし怪しげな、国家主義の連中が、彼らの崇拝する日蓮上人の信仰を天下に宣伝した関係から、樗牛の銅像なぞを建設しないのは、まだしも彼にとって幸福かもしれない。――自分は今では、時々こんなことさえ考えるようになった。・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・そうしてその思想が魔語のごとく当時の青年を動かしたにもかかわらず、彼が未来の一設計者たるニイチェから分れて、その迷信の偶像を日蓮という過去の人間に発見した時、「未来の権利」たる青年の心は、彼の永眠を待つまでもなく、早くすでに彼を離れ始めたの・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
一 予言者のふたつの資格 日蓮を理解するには予言者としての視角を離れてはならない。キリストがそうであったように、ルーテルがそうであったように、またニイチェがそうであったように、彼は時代の予言者であった。普通・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・かくしてニーチェはワグネルと別れ、日蓮は道善房と別れねばならなかった。清澄山の道善房はむしろ平凡な人であったが、日蓮が法華経に起ったとき、怒って破門した。後に道善房が死んだとき日蓮は身延山にいたが、深く悲しみ、弟子日向をつかわして厚く菩提を・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・路傍のほの白き日蓮上人、辻説法跡の塚が、ひゅっと私の視野に飛び込み、時われに利あらずという思いもつかぬ荒い言葉が、口をついて出て、おや? と軽くおどろき、季節に敗けたから死ぬるのか、まさか、そうではあるまいな? と立ちどまって、詰問した。否・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・文覚上人の腕力は有名だが、日蓮だって強そうじゃないか。役者だってそうです。名人と言われるほどの役者には、必ず武術の心得があったものです。その日常生活に於て、やたらに腕力をふるうのは、よろしくないが、けれどもひそかに武技を練磨し、人に知られず・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・終りに宗祖その人の人格について見ても、かの日蓮上人が意気冲天、他宗を罵倒し、北条氏を目して、小島の主らが云々と壮語せしに比べて、吉水一門の奇禍に連り北国の隅に流されながら、もし我配所に赴かずんば何によりてか辺鄙の群類を化せんといって、法を見・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個性に於て、同じ一人の釈迦を別々に解釈し――ああいかに彼等の解釈がちがつてゐたか。――そして私らは私らの個性に於て、私ら自身の趣味にふさはしいところのゲーテやシヨパンを、各自に別々に理解するまでの・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・兄上の谷口辞三郎氏は、早い頃フランス文学を日本に紹介した方であるし、兄上の一人の河野桐谷氏は、日蓮の研究家、文筆の人として活動された。孝子夫人が文学について趣味の深いことは、血統のおくりものと云えるのかもしれない。 その上に、孝子夫人の・・・ 宮本百合子 「白藤」