出典:青空文庫
・・・生を引率して修学旅行をした旅店の或る一夜、監督の各教師が学生に強要されて隠し芸を迫られた時、二葉亭は手拭を姉さん被りにして箒を抱え、俯向き加減に白い眼を剥きつつ、「処、青山百人町の、鈴木主水というお侍いさんは……」と瞽女の坊の身振りをして、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・すると、或朝、一人のよぼよぼの乞食のじいさんが、ものをもらいに来ました。夫婦は、かわいそうだと思って、じぶんたちの食べるものを分けてやりました。 乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ふりむいて見ますと、少しはなれたところに、まっ白な髪をした品のいいおじいさんが、二人の若い女の人をつれて立っています。ギンはこわごわそばへいきました。よくみると、その女の一人はたった今水の中へ消えたばかりの湖水の女でした。それからもう一人の・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・中泉さんのアトリエにかよっている研究生たちと一緒に、二、三日箱根で遊んで、その間に、ちょっと気にいった絵が出来ましたので、まず、あなたに見ていただきたくて、いさんであなたのお家へまいりましたのに、思いがけず、さんざんな目に逢いました。私は恥・・・ 太宰治 「水仙」
・・・それから数日後、東京市の大地図と、ペン、インク、原稿用紙を持って、いさんで伊豆に旅立った。伊豆の温泉宿に到着してからは、どんな事になったか。旅立ってから、もう十日も経つけれど、まだ、あの温泉宿に居るようである。何をしている事やら。・・・ 太宰治 「東京八景」
上 仙台の師団に居らしッた西田若子さんの御兄いさんが、今度戦地へ行らッしゃるので、新宿の停車場を御通過りなさるから、私も若子さんと御同伴に御見送に行って見ました。 寒い寒い朝、耳朶が千断れそうで、靴の裏が路上に凍着くのでした・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・爺いさん。そいつあいけねえぜ。」一本腕が、口に一ぱい物を頬張りながら云った。 一言の返事もせずに、地びたから身を起したのは、痩せ衰えた爺いさんである。白い鬚がよごれている。頭巾の附いた、鼠色の外套の長いのをはおっているが、それが穴だらけ・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・それあの何とかいう爺いさんがいたっけなあ。勝安芳よ。勝なんぞも苦労をしたが、内の親父も苦労をしたもんだ。同じ苦労をしても、勝は靱い命を持っていやぁがるから生きていた。親父はこっくり行き着いたのだ。病気も何もないのに死んだのだ。兄きは大鳥圭介・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・私は店の爺いさんに問うて見た。「爺いさん。これは土に活けて置いたら、又花が咲くだろうか。」「ええ。好く殖える奴で、来年は十位になりまさあ。」「そうかい。」 私は買って帰って、土鉢に少しばかり庭の土を入れて、それを埋めて書斎に・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ 四月五日に、まだ壁が乾き切らぬと云うのに、果して見知らぬ爺いさんが小さい荷物を持って、宮重方に著いて、すぐに隠居所に這入った。久右衛門は胡麻塩頭をしているのに、この爺いさんは髪が真白である。それでも腰などは少しも曲がっていない。結構な・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」