・・・「まあ、それにしても、よく逃げ出して、きたものね。」とお姉さんは、感嘆なさいました。「生きたい、一念で、逃げ出してきたのでしょう。」と、お母さんも、おっしゃいました。「ワン、ワン、ほえたり、かみついたりしたんだろうな。」と、正ち・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・今までえらそうにぶつ/\云っていた奴が、ワン/\吠えることだけしか出来ねえんだ。へへ、役員の野郎、犬になりやがって、ざま見やがれ!――あいつら、もと/\犬だからね。」「ふむゝ。」 彼等は、珍しがった。作り話と知りつゝ引きつけられた。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・な事があると、おばあさんは以前のような、小さい、言う事をきく子どもにしようと思っただけで、即座にちっぽけに見る事もできましたし、孫たちがよちよち歩きで庭に出て来るのを見るにつけ、そのおい先を考えると、ワン、ツー、スリー、拡大のガラスからのぞ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・どうも朝は、過ぎ去ったこと、もうせんの人たちの事が、いやに身近に、おタクワンの臭いのように味気なく思い出されて、かなわない。 ジャピイと、カア(可哀想と、二匹もつれ合いながら、走って来た。二匹をまえに並べて置いて、ジャピイだけを、うんと・・・ 太宰治 「女生徒」
ヨワン榎は伴天連ヨワン・バッティスタ・シロオテの墓標である。切支丹屋敷の裏門をくぐってすぐ右手にそれがあった。いまから二百年ほどむかしに、シロオテはこの切支丹屋敷の牢のなかで死んだ。彼のしかばねは、屋敷の庭の片隅にうずめら・・・ 太宰治 「地球図」
・・・ 六唱 ワンと言えなら、ワンと言います「前略。手紙で失礼ですがお願いいたします。本社発行の『秘中の秘』十月号に現代学生気質ともいうべき学生々活の内容を面白い読物にして、世の遊学させている父兄達に、なるほどと思わせるよ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・蠅がワンと飛ぶ。石灰の灰色に汚れたのが胸をむかむかさせる。 あれよりは……あそこにいるよりは、この闊々とした野の方がいい。どれほど好いかしれぬ。満洲の野は荒漠として何もない。畑にはもう熟しかけた高粱が連なっているばかりだ。けれど新鮮な空・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 五 イワン ドブジェンコのこの映画にも前の「大地」と同様な静的な画面をつないで行く手法が目につく。堰堤工事の起重機や汽車の運動は、見ているとめまいを起こすほどであるが、しかしその編集法はやはり静的で動的でない。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・その後教授が半ばはその研究の資料を得るために半ばはこの自分を追跡する暗影を振り落とすためにアフリカに渡ってヘルワンの観測所の屋上で深夜にただ一人黄道光の観測をしていた際など、思いもかけぬ砂漠の暗やみから自分を狙撃せんとするもののあることを感・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人間の寄り合いを尋ね歩いて、ちぐはぐな心の調律をして回るような人はないものであろうか。 物語に伝えられた最明寺時頼や講談に読まれる水戸黄門は、おそらく自分では一種の・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
出典:青空文庫