・・・正直に申し上げると、あなたのお言葉の全部が、かならずしも私にとって頂門の一針というわけのものでも無かったし、また、あなたの大声叱咤が私の全身を震撼させたというわけでも無かったのです。決して負け惜しみで言っているわけではありません。あなたが御・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・と、この場合あまり適切とは思えない叱咤の言を叫び威厳を取りつくろう為に、着物の裾の乱れを調整し、「僕は、君を救助しに来たんだ。」 少年は上半身を起し、まつげの長い、うるんだ眼を、ずるそうに細めて私を見上げ、「君は、ばかだね。僕がここ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・と意味なく叱咤した。「あたし、」下婢は再びうなだれ、震え声で言った。「十郎様を、いけないお方だとばかり存じていました。」そこまで言って、くたくた坐った。「ペーパーナイフかね?」美濃は笑った。 女は黙って二度も三度もうなずいた。そ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御苦労さまでした。薔薇を拝見しましょうね。」と自分でも、おや、と思ったほど叮嚀な言葉が出てしまって、見こまれたのが、不運なのだという無力な、だるい諦めも感ぜら・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・昨年の暮に故郷の老母が死んだので、私は十年振りに帰郷して、その時、故郷の長兄に、死ぬまで駄目だと思え、と大声叱咤されて、一つ、ものを覚えた次第であるが、「兄さん、」と私はいやになれなれしく、「僕はいまは、まるで、てんで駄目だけれども、で・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・黄村先生は、そのような不粋な私をお茶に招待して、私のぶざまな一挙手一投足をここぞとばかり嘲笑し、かつは叱咤し、かつは教訓する所存なのかも知れない。油断がならぬ。私は先生のお手紙を拝誦して、すぐさま外出し、近所の或る優雅な友人の宅を訪れた。・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・と大声で叱咤することがある。 お医者の奥さんが、或るとき私に、そのわけを語って聞かせた。小学校の先生の奥さまで、先生は、三年まえに肺をわるくし、このごろずんずんよくなった。お医者は一所懸命で、その若い奥さまに、いまがだいじのところと、固・・・ 太宰治 「満願」
・・・男ありて大声叱咤、私つぶやいて曰く、船橋のまちには犬がうようよ居やがる。一匹一匹、私に吠える。芸者が黒い人力車に乗って私を追い越す。うすい幌の中でふりかえる。八月の末、よく観ると、いいのね、と皮膚のきたない芸者ふたりが私の噂をしていたと家人・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・弟妹たちを呼び集めてそのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。 ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・幼少の時より不整頓不始末なる家風の中に眠食し、厳父は唯厳なるのみにして能く人を叱咤しながら、其一身は則ち醜行紛々、甚だしきは同父異母の子女が一家の中に群居して朝夕その一父衆母の言語挙動を傍観すれば、父母の行う所、子供の目には左までの醜と見え・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫