・・・『そらまめの花』の巻の「すたすた」と「そよそよ」は四句目に当たる。『梅が香』の巻の「ところどころ」と「はらはら」も四句目である。もちろんこれには規約的な条件も支配していると思われるが、心理的にこれらの口調が互いに相吸引していることは争われな・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・彼女と別れてすたすた戻ってきてから二三日は唖のようにだまって、家の軒下で竹びしゃくを作っていた。 ある夕方、深水がきて、高島が福岡へ発つから、今夜送別会をやるといいにきて、「ときに、例の方はどうしたい?」 と訊いたとき、三吉は、・・・ 徳永直 「白い道」
・・・仲間の職人より先に一人すたすたと千束町の住家へ帰って行く。その様子合から酒も飲まなかったらしい。 この爺さんには娘が二人いた。妹の方は家で母親と共にお好み焼を商い、姉の方はその頃年はもう二十二、三。芸名を栄子といって、毎日父の飾りつける・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 運動場を出るときその子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人について歩いて行きました。「先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒をもちながら先生にききました。「そう・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 男はポケットから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすた向こうへ行ってしまいました。ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあして、からだがだるくてたまらなくなりました。もう家へ帰ろうと思って、そっちへ行っ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・と云いながらいくらだかわけのわからない大きな札を一枚出してすたすた玄関にのぼりました。みんなははあっとおじぎをしました。山男もしずかにおじぎを返しながら、「いやこんにちは。お招きにあずかりまして大へん恐縮です。」と云いました。みんなは山・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
ある晩、恭一はぞうりをはいて、すたすた鉄道線路の横の平らなところをあるいて居りました。 たしかにこれは罰金です。おまけにもし汽車がきて、窓から長い棒などが出ていたら、一ぺんになぐり殺されてしまったでしょう。 ところ・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ 野宿第二夜わが親愛な楢ノ木大学士は例の長い外套を着て夕陽をせ中に一杯浴びてすっかりくたびれたらしく度々空気に噛みつくような大きな欠伸をやりながら平らな熊出街道をすたすた歩いて行ったのだ。俄かに道の・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ この声がだんだん遠くなって、どこかの町の角でもまがったらしいとき、この青い海の中のような床屋の店のなかから、とうとうデストゥパーゴが出て来てしばらく往来を見まわしてから、すたすた南の方へあるきだしました。わたくしは後向きになって火の中・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・が、涙も拭かず、往還の中央に突き立っていてから、街の方へすたすたと歩き始めた。「二番が出るぞ。」 猫背の馭者は将棋盤を見詰めたまま農婦にいった。農婦は歩みを停めると、くるりと向き返ってその淡い眉毛を吊り上げた。「出るかの。直ぐ出・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫