・・・それを握んで明るみへ引出して展開させるとそこからまた次に来る世界の胚子が生れる。 それをするにはやはり前句に対する同情がなければ出来ない。どんな句にでも、云い換えるとどんな「人間」にでも同情し得るだけの心の広さがなくてはいい俳諧は出来な・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはファンタジーの世界と超自然の力への憧憬を挑発するものであった。そういう意味で・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・もっとも科学の方面でさえもこれに似たような例がないとは言われない。明るみの矛盾を暗い穴へ押し込んで安心している事がないでもない。もしこれができなくなったら多くの学者は枕を高くして眠られそうもない。人生の問題に無頓着でいられない人々の間には猫・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・しかして当時の学界へのパッスを所有していた他のルクレチウスの子孫ヘルムホルツによって始めて明るみに出るようになった。 現代の科学がルクレチウスだけで進められようとは思われない。しかしルクレチウスなしにいかなる科学の部門でも未知の領域に一・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・を白日の明るみに引きずり出してすみからすみまで注釈し敷衍することは曲斎的なるドイツ人の仕事であったのである。芸術のほうでもマチスの絵やマイヨールの彫刻にはどこかにわれわれの俳諧がある。これがドイツへはいると、たちまちに器械化数学化した鉄筋式・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・どうかした拍子でふいと自然の好い賜に触れる事があってもはっきり覚めている己の目はその朧気な幸を明るみへ引出して、余りはっきりした名を付けてしまったのだ。そして種々な余所の物事とそれを比べて見る。そうすると信用というものもなくなり、幸福の影が・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 胃袋へ流し込んだ醋酸の火傷がなおるにつれ、グラフィーラの生活には希望と明るみがさして来た。これまで知らなかった、暢々したひろさでさして来た。ソモフは、万事を約束通りにしてくれ、彼女は工場へ働き出した。 まるで新しい生活がグラフィー・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・これは、ただ、かくされていた神聖さを明るみに出して見たときは、それも平凡なものとなるというだけを意味することであろうか。そうは思われない。私たちが、ものをいわされず、書かされないとき、ちょうど節穴から一筋の日光がさしこむようにチラリと洩らさ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・この面白さは今日の文学の姿では、まだはっきりもしていない可能として、渾沌のかげに考えられる程度だけれども、どんなにそれが遠くの明るみのでも、やはり或る希望であることにかわりはない。私たちが自分たちの世代を歴史の水深計でつかみ、その上に漂いそ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・氏の描く世界が、従来多くの作家に扱われて来ている種類のインテリゲンツィアでなく、さりとてプロレタリア文学が描こうとする社会層でもなくて、半インテリゲンツィアとでも云われるような半ば明るみに半ば思想の薄暮に生きる人々の群であることも、見落せな・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫