・・・ 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・十二月も早や二十日過ぎなので、電車の馳せ行く麹町の大通りには、松竹の注目飾り、鬼灯提灯、引幕、高張、幟や旗のさまざまが、汚れた瓦屋根と、新築した家の生々しい木の板とに対照して、少しの調和もない混乱をば、なお更無残に、三時過ぎの日光が斜めに眩・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・願う事の叶わばこの黄金、この珠玉の飾りを脱いで窓より下に投げ付けて見ばやといえる様である。白き腕のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡きつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・甚だしき遊蕩の沙汰は聞かれざれども、とかく物事の美大を悦び、衣服を美にし、器什を飾り、出るに車馬あり、居るに美宅あり。世間の交際を重んずるの名を以て、附合の機に乗ずれば一擲千金もまた愛しまず。官用にもせよ商用にもせよ、すべて戸外公共の事に忙・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・時にきょうの飾りはひどく洒落ていますな。この朝日は探幽ですか。炭取りに枯枝を生けたのですか。いずれまた参りましょう。おい車屋、今度は猿楽町だ。」「や、お目出とう御座います。留守ですか。そうですか。なるほどこういう内ですか。」「まアあんさ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「靴に飾りをつけなくちゃ。」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を靴の上から、穿め込んだ。「うん、なかなかいいね。」象は二あし歩いてみて、さもうれしそうにそう云った。 次の日、ブリキの大きな時計と、やくざな紙の靴とはやぶけ、・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・川のあべこべの方から林の司のペーンがみどり色のビロードの着物に銀の飾りのついた刀をさして来る。シリンクスの涙をこぼして居る様子を見てサッとかおを赤くする。それから刀の音をおさえてつまさきで歩いて精女のわきによる。やさしげな又おだやかなものし・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これらの仲間の中には繩の一端へ牝牛または犢をつけて牽いてゆくものもある。牛のすぐ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・麦藁の大きいアンヌマリイ帽に、珠数飾りをしたのをかぶっている。鼠色の長い着物式の上衣の胸から、刺繍をした白いバチストが見えている。ジュポンも同じ鼠色である。手にはウォランのついた、おもちゃのような蝙蝠傘を持っている。渡辺は無意識に微笑をよそ・・・ 森鴎外 「普請中」
・・・甲冑のほかには首飾りの曲玉や、頭の飾りなどのような装飾品も、「意味ある形」として重んぜられていたらしい。しかし何と言っても「意味ある形」のなかには、「顔面」の担っている意味よりも重い意味を担っているものはない。その点から考えると、埴輪人形の・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫