・・・感傷の在りかたが、諦念に到達する過程が、心境の動きが、あきらかに公式化せられています。かならずお手本があるのです。誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来ぬというのは・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・サラリイマンは、また現われて、諦念と怠惰のよさを説く。姉は、母の心配を思え、と愚劣きわまる手紙を寄こす。そろそろと私の狂乱がはじまる。なんでもよい、人のやるなと言うことを計算なく行う。きりきり舞って舞って舞い狂って、はては自殺と入院である。・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・あわれな盲目の無智、それらの事がらにのみ魅かれて王子が夢中で愛撫しているだけの話で、精神的な高い共鳴と信頼から生れた愛情でもなし、また、お互い同じ祖先の血筋を感じ合い、同じ宿命に殉じましょうという深い諦念と理解に結ばれた愛情でもないという理・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ この無頓着な人と、道を求める人との中間に、道というものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だというわけでもなく、さればと言ってみずから進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念め、別に道に親密な人がいるように思っ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 小川は迷惑だが、もうこうなれば為方がないので、諦念めて話させると云う様子で、上さんの注ぐ酒を飲んでいる。 主人は話し続けた。「便所は例の通り氷っている土を少しばかり掘り上げて、板が渡してあるのだね。そいつに跨がって、尻の寒いのを我・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫