・・・あるものは『源氏物語』や近松や西鶴以下かも知れない。しかしその優れたものになると決して文学程度のものとはいえない。われわれ日本の祖先がわれわれの背景として作ってくれたといって恥ずかしくないものが大分ある。 西洋の物数奇がしきりに日本の美・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・ 成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出して笑を後世に貽したるのみ。『万葉』が遥に他集に抽んでたるは論を待たず。その抽んでたる所以は、他集の歌・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・四月九日〔以下空白〕一千九百廿五年五月五日 晴まだ朝の風は冷たいけれども学校へ上り口の公園の桜は咲いた。けれどもぼくは桜の花はあんまり好きでない。朝日にすかされたのを木の下から見ると何だか蛙の卵のような気がす・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・私はドイツでも、堂々としたジーメンスの工場を見たが、その工場の内に働く者の幸福を高めるための技術を養う工場学校があり、しかも十八歳までは六時間労働、十六歳以下は四時間と、ちゃんと法律によって定め、その賃銀の払われる労働時間のうちに教育のため・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・つも通る横丁があって、そこには朝鮮の人たちの食べる豆もやし棒鱈類をあきなう店だの、軒の上に猿がつながれている乾物屋だの、近頃になって何処かの工場の配給食のお惣菜を請負ったらしく、見るもおそろしいような烏賊を賑やかに家内じゅう総がかりで揚げも・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・日本女の患者の室へ、大学医科三年生が男女六人医師に引率されて入って来た。 白衣の下に女子青年共産党の服をつけた赤い顔の娘が臨床記録を書くための質問を始めた。病症の経過。生年月日 職業 過去の健康状態 父母と弟妹の健康状態――祖父さん・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・それを聞いた弥五兵衛以下一族のものは門を閉じて上の御沙汰を待つことにして、夜陰に一同寄り合っては、ひそかに一族の前途のために評議を凝らした。 阿部一族は評議の末、このたび先代一週忌の法会のために下向して、まだ逗留している天祐和尚にすがる・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・むしろ中流以下の民衆の方により多く精神的教養への欲望が認められるくらいである。彼らを理解に導いて行く機会と設備とをさえ整えれば、――そうして国家が精神的才能の活用法に十分心を用うれば、――平民主義の下にもより美しい芸術の時代が現出し得るだろ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫