・・・ そう怒りながら、しかしだらしない声を出して少しはやに下り気味の自分が、つくづく情けなくなっていると、マダムは気取った声で、「抓りゃ紫、食いつきゃ紅よ、色で仕上げた……」云々と都々逸であった。 私は悲しくなってしまって、店の隅で・・・ 織田作之助 「世相」
・・・仲居さんは、あの人が財布の中のお金を取り出すのに、不自然なほど手間が掛るので、諦めてぺたりと坐りこんで、煙草すら吸いかねまい恰好で、だらしなく火鉢に手を掛け、じろじろ私の方を見るのだった。何という不作法な仲居さんだろうか、と私はぷいと横をむ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・私は日を浴びていても、否、日を浴びるときはことに、太陽を憎むことばかり考えていた。結局は私を生かさないであろう太陽。しかもうっとりとした生の幻影で私を瞞そうとする太陽。おお、私の太陽。私はだらしのない愛情のように太陽が癪に触った。裘のような・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・眼の辺には泣きただらした痕の残っているのが明々地と解る。 この様子を見て自分は驚いたというよりか懼れた。懼れたというよりか戦慄した。「オイどうしたの? お前どうしたの?」と急きこんで問うたが、妻はその凄い眼で自分をじろりと見たばかり・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・た筈で、けれども、それは大谷さんだけでなく、まだその頃は東京でも防空服装で身をかためて歩いている人は少く、たいてい普通の服装でのんきに外出できた頃でしたので、私どもも、その時の大谷さんの身なりを、別段だらし無いとも何とも感じませんでした。大・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ヤキがまわった。だらしが無え。あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。しかも、あの人より二月おそく生れているのだ。若さに変りは無い筈だ。それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 現在は、私もまだ、こんな工合いで、私の家の人たちも、あれは、わがままで、嘘つきで、だらしがないから、もっともっと苦労させてあげよう。つらくても、みんな、だまって見ていよう。あれは、根がそんなに劣った子ではないのだから、そのうち、きっと・・・ 太宰治 「花燭」
・・・それに加えて、生来の臆病者でありますから、文壇の人たちとの交際も、ほとんど、ございませんし、それこそ、あの古い感傷の歌のとおりに、友みなのわれより偉く見える日は、花を買い来て妻と楽しんでいるような、だらしの無い、取り残された生活をしていて、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ その植木屋も新建ちの一軒家で、売り物のひょろ松やら樫やら黄楊やら八ツ手やらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、その向こうには千駄谷の街道を持っている新開の屋敷町が参差として連なって、二階のガラス窓には朝日の光がきらきらと輝き渡・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これは通例乾燥無味な表に詰め込んだだらしのないものである。これなどは思い切って切り詰め、年代いじりなどは抜きにして綱領だけに止めたい。特に古い時代の歴史などはずいぶん抜かしてしまっても吾人の生活に大した影響はない。私は学生がアレキサンダー大・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫