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・・・ 下駄と足袋をぬぎすて、藍子は踝とひたひたのところまで入って行った。「一つもとれないなんて癪だ……やっとこら! と」 勝気らしくステッキをぐっと倒して深く砂を掘り起した拍子に、力が余り、ステッキの先で強く海水を叩きつけた。飛沫が・・・
宮本百合子
「帆」
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・・・そうして樹々の間に漂うている生々の気は、ひたひたと人間の肌にも迫って来る。私は底力のある興奮を心の奥底に感じ始めた。 私の眼はすぐに老樹の根に向かった。地下の烈しい営みはすでに地上一尺のところに明らかに現われている。土の層の深くないらし・・・
和辻哲郎
「樹の根」