・・・雨の日、留置場は濡れた鶏小舎そっくりの感じである。シーンとなっていると、三時頃、呼び出された。矢張りべとつくアンペラ草履で二階へ行くと、高等室とは反対の、畳敷の室へ入れられ、見ると、母親が窓近くの壁にもたれて居心地わるげに坐っている。オリー・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 数百の聴衆、シーンとしている。二秒ほど経って若い男の声が叫んだ。 ――ない! つり出されて今度は矢継早にそこここで急いで、 ――ない! ――ない! 日本女の隣の拇指の太い男は、愉快そうな笑顔だ。同感してるのである。・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・映画では大抵若い役者の役割であるラブ・シーンが、このように禿げた男、このように皮膚が赧らみ強ばった女によって現実になされるのを目撃するのは、何か、一嗅ぎの嗅ぎ煙草でも欲しい心持を起させるものだ。私は氷菓を一片舌にのせた。その途端、澄み渡った・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ 目をさますと、今朝は往来が何とも云えずシーンとしているのが室の中まで感じられる。そりゃそうだ。メーデーにはモスクワ中の電車、乗合自動車がすっかり止る。車掌でも運転手でも一人残らずみんなデモに参加するんだ。 やがて遠くから音楽が聞え・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・ よっかかりのあるうちは華に小鳥の様にさわぎ廻って居た文学ずきの人達がその頼りを失って世の中に投げ出された時、自分の持って居た自信よりも値のない自分の頭がドシーン、ドシーン、とぶつかって来る大浪を乗り切れないでその浪の中にのまれて姿の見・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ ひがみ根性の様な耳なりはどんなにしてもまぎらせられないほどつきまとってシーンシーンとなって居た。 だれにあたり様もない私は、いまいましそうに壁をにらんだり綿細工の狸をはじきとばしたりした。「いやんなってしまう」 私はわきの・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫