・・・辺土の民はいつの世にも、都人と見れば頭を下げる。業平の朝臣、実方の朝臣、――皆大同小異ではないか? ああ云う都人もおれのように、東や陸奥へ下った事は、思いのほか楽しい旅だったかも知れぬ。」「しかし実方の朝臣などは、御隠れになった後でさえ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・と思うと先生の禿げ頭も、下げる度に見事な赤銅色の光沢を帯びて、いよいよ駝鳥の卵らしい。 が、この気の毒な光景も、当時の自分には徒に、先生の下等な教師根性を暴露したものとしか思われなかった。毛利先生は生徒の機嫌をとってまでも、失職の危険を・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・一同笑いながら頭を下げる。戸部 俺……じゃない、俺の兄貴の死に顔をちょっと見せてくれ。青島 どうだこれで。戸部 俺の兄貴は醜男だったなあ。花田 醜男はいいが髭が生えていないじゃないか。近所の人が悔みに来る・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・誰も誰も、食うためには、品も威も下げると思え。さまでにして、手に入れる餌食だ。突くとなれば会釈はない。骨までしゃぶるわ。餌食の無慙さ、いや、またその骨の肉汁の旨さはよ。一の烏 (聞く半ばより、じろじろと酔臥おふた、お二どの。二の烏 ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ と、腰を切って、胸を反らすと、再び尾から頭へ、じりじりと響を打たして釣下げる。これ、値を上げる寸法で。「しゃッ、十貫十ウ、十貫二百、三百、三百ウ。」 親仁の面は朱を灌いで、その吻は蛸のごとく、魚の鰭は萌黄に光った。「力は入・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・早瀬 俺があやまる、頭を下げるよ。お蔦 切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。ツンとしてそがいになる。早瀬 お蔦、お蔦、俺は決して薄情・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・そのまま下へ行って、僕のおこっていることを言い、湯屋で見たことを妬いているのだということがもしも下のものらに分ったら、僕一生の男を下げるのだと心配したから、「おい、おい!」と命令するような強い声を出した。それでも、かの女は行ってしまった・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十面下げるんだ。お光さんは今年三だね?」「ええ、よく覚えててね」と女はニッコリする。「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「何しろまあいいとこで出逢ったよ、やっぱり八幡様のお引・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・寺田屋の前へ捨てればねえさんのことゆえ拾ってくれるだろうと思ってそうしたのだが、やっぱり育ててくれて、礼を言いますと頭を下げると、椙は、さアお母ちゃんといっしょに行きまひょ。お父ちゃんも今堅儀で、お光ちゃんの夢ばっかし見てはるえ。あっという・・・ 織田作之助 「螢」
・・・駆け寄ったのへつんと頭を下げるなり、女学生は柳吉の所へ近寄って低い声で「お祖父さんの病気が悪い、すぐ来て下さい」 柳吉と一緒に駆けつける事にしていた。が、柳吉は「お前は家に居りイな。いま一緒に行ったら都合が悪い」蝶子は気抜けした気持でし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫