・・・それを、損害賠償の請求とは、相手を知らぬ可愛いい振舞いを、お前もしたものじゃないか。普通、恩を知っている者なら、そんな五十円の賠償金なぞ請求できぬところを、そうしたのは、余程おれを甘く見たのだろうが、そうはおれは甘く出来ていなかった。いや、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・何かと思えば、それは可愛らしい小犬で、鉄道馬車に敷かれて、今の俺の身で死にかかっているのだ。すると、何処からか番人が出て来て、見物を押分け、犬の衿上をむずと掴んで何処へか持って去く、そこで見物もちりぢり。 誰かおれを持って去って呉れる者・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・Yの父が死んだ時、友人同士が各自に一円ずつの香奠を送るというのも面倒だから、連名にして送ろうではないかという相談になってその時Kが「小田も入れといてやろうじゃないか、斯ういう場合なんだからね、小田も可愛相だよ」斯う云って、彼の名をも書き加え・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・一体父様は私をそんなに可愛がって下さらないわ。それだからこの間家にいた時も、私を出し抜いてお芝居へいらしったんだわ。私は大変に恨むからいい。 はて恐いな。お前に恨まれたらば眠くなって来た。と善平はそのまま目を塞ぐ。あれお休みなさってはい・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 酒を呑んで書くと、少々手がふるえて困る、然し酒を呑まないで書くと心がふるえるかも知れない。「ああ気の弱い男!」何処に自分が変っている、やはりこれが自分の本音だろう。 可愛い可愛いお露が遊びに来たから、今日はこれで筆を投げる。 ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・清吉は、失望している妻が可愛そうになった。「それだけ皆な残さずに使ってもえいぜ。また二月にでもなれゃ、なんとか金が這入っ来んこともあるまい。」と云った。「えゝ。……」 声が曇って、彼女は下を向いたまゝ彼に顔を見せなかった。……・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・もとより惜むほどの貴いものではなし、差当っての愛想にはなる事だし、また可愛がっている娘の言葉を他人の前で挫きたくもなかったからであろう、父は直に娘の言葉に同意して、自分の膳にあった小いのをも併せて贈ってくれた。その時老人の言葉に、菫のことを・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ 夜が明けてから、お前が可愛がって運動に入れてやった「中島鉄工所」の上田のところへ、母が出掛けて行ったの。若しも上田の進ちゃんまでやられたとすれば、事件としても只事でない事が分るし、又若しまだやって来ていないとすれば、始末しなければなら・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・四条の解釈もほぼ定まり同伴の男が隣座敷へ出ている小春を幸いなり貰ってくれとの命令畏まると立つ女と入れかわりて今日は黒出の着服にひとしお器量優りのする小春があなたよくと末半分は消えて行く片靨俊雄はぞッと可愛げ立ちてそれから二度三度と馴染めば馴・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 恐らく、彼女は今幸福らしい……無邪気な小鳥…… 彼女が行った後の火の消えたような家庭……暗い寂しい日……それを考えたら何故あんな可愛い小鳥を逃がして了ったろう……何故もっと彼女を大切にしなかったろう……大塚さんは他人の妻に成ってい・・・ 島崎藤村 「刺繍」
出典:青空文庫