・・・わたくしは芸術が其の発生し、其の発達し来った本国を離れて、気候風土及び人種を異にした境に移された場合、其の芸術の効果と云い或は其の価値と称するものの何たるかを思考しなければならなかった。言を換うれば芸術の完全に鑑賞せられ得べき範囲についてお・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・であり、思考したり哲学したりすることを好まない。日本の詩人は、芭蕉、西行等の古から、大正昭和の現代に至るまで、皆一つの極つた範疇を持つて居る。その範疇といふのは、単に感覚や気分だけで、自然人生を趣味的に観照するのである。日本の詩人等は、昔か・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 私共がすでに自然の産物である以上、その親をしたうに何の批評が入用ろう、 何の思考が入ろう。 或人は室中に何も置かない方がまとまると云う、 又、私の様に、何かしら、心をこめて集めたものとか美くしいものがなければ、その部屋には・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・読者は物理学や数学の具体的な知識を何ももっていなくとも、適当な思考力をもってさえいればよいと思います」「科学の書物はどれほど通俗的であるにしても、小説と同じようなつもりで読んではならないのが当然です。」 一冊の「科学の学校」を読みながら・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・これ等はただ、その人の内奥にある人格的な天質がそれ自身で見出すべき道に暗示を与え、自身の判断を待つ場合、思考の内容を豊富にするという点にのみ価値を持っていると思います。 私は、過去に多くの人々が真愛に達し、輝きの自体と成ったのを知ってい・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・実の波に洗われながら働いている若い女性たち、日本の社会が、良人なしに子供をもった若い女をどんな眼で見て、その子をどう扱って来ているかということを痛いほど知っている女性たちがジイドの小説の世界から、その思考を自分たちの表現として借りたのは、ど・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・ 人間を描くには、「人間の外部にあらわれた行為だけでは人間でなく、内部の思考のみも人間でないなら、その外部と内部との中間に、最も重心を置かねばならぬのは、これは作家必然の態度であろう。けれども、その中間の重心に、自意識という介在物があっ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ そして田野に円舞して、笑いさざめき歌を歌う生命の活気もなければ、専念に思考を練って穿ちに穿って行く強度も無く、表情が、力の欠乏に生気を失って居ると全く同様の状態が内奥の魂にまで食い入って居ります。愛する者をして愛さしめよ! 良人と自己・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・十一歳で父に死別した後、病弱な神経質体質の少年であるジイドは、凡ての悪行為、悪思考と呼ばれているものに近づくまいとして戦々兢々として暮す三人の女にとりまかれ、芝居は棧敷でなければ観てはいけません、旅行は一等でなければしてはいけませんという境・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・働くに適した思考力は彼の頭脳を痛めるのだ。それ故彼は食うことが出来なかった。彼はただ無為の貴さを日毎の此の丘の上で習わねばならなかった。ここでは街々の客観物は彼の二つの視野の中で競争した。 北方の高台には広々とした貴族の邸宅が並んでいた・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫