・・・あたりまえの、世間の戒律を、叡智に拠って厳守し、そうして、そのときこそは、見ていろ、殺人小説でも、それから、もっと恐ろしい小説を、論文を、思うがままに書きまくる。痛快だ。鴎外は、かしこいな。ちゃんとそいつを、知らぬふりして実行していた。私は・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 作品のかげの、私の固き戒律、知るや君。否、その激しさの、高さの、ほどを! 私は、私の作品の中の人物に、なり切ったほうがむしろ、よかった。ぐうだらの漁色家。 私は、「おめん!」のかけごえのみ盛大の、里見、島崎などの姓・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ このえらい哲学者が日常堅く守っていた色々の戒律の中に「食ってはいけない」というものが色々あった、例えばある二、三の鳥類、それから獣類の心臓、反芻類の第一胃、それから魚類ではかながしらなどがいけないものに数えられている外に、豆がいけない・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・しかしながら、この慣習は女を物件化したと同時に、女の影響によって男の行動が支配されたということは、男の側としてあるまじきことという戒律が厳存した。女子供という表現は、人格以前としての軽侮を示すとともに、男の被保護的な存在と見られていたのであ・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・が時代の制約の中ではあるが一定の主張をもち自らの戒律を持って生き、死にしたに対して、公荘は今日傍観する能力としてだけの範囲で知性を発動させる一典型としてあらわれているのを眺めることには、おのずから湧く感想なきを得ない。 知識階級というも・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・の中の女の戒律がその反面に近松門左衛門の作品に幾多の女の悶えの姿を持っていることは、意味深い反省を私たちに与える。夏目漱石の文学のほとんどすべてが「こころ」「それから」「明暗」結婚や家庭生活における男女の生活態度の相異相剋と、母とその母の子・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
出典:青空文庫