・・・けさ私は、岩風呂でないほうの、洋式のモダン風呂のほうへ顔を洗いに行って、脱衣場の窓からひょいと、外を見るとすぐ鼻の先に宿屋の大きい土蔵があってその戸口が開け放されているので薄暗い土蔵の奥まで見えるのですが、土蔵の窓から桐の葉の青い影がはいっ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・橋をわたると黄浦江の岸に臨んで洋式の公園がある。わたくしは晩餐をすましてから、会社の人に導かれて、この公園を散歩したが、一時間あまりで帰って来たので、その道程は往復しても日本の一里を越していまいと思った。 やがて裏手の一室に這入って、寝・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・枕橋のほとりなる水戸家の林泉は焦土と化した後、一時土砂石材の置場になっていたが、今や日ならずして洋式の新公園となるべき形勢を示している。吾人は日比谷青山辺に見るが如き鉄鎖とセメントの新公園をここにもまた見るに至るのであろう。三囲の堤に架せら・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・当時秋月には少壮者の結べる隊ありて、勤王党と称し、久留米などの応援を頼みて、福岡より洋式の隊来るを、境にて拒み、遂に入れざりしほどの勢なりき。これに反対したる開化党は多く年長けたる士なりしが、其首にたちて事をなす学者二人ありて、皆陽明学者な・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫