・・・彼の顔は見渡した所、一座の誰よりも日に焼けている。目鼻立ちも甚だ都会じみていない。その上五分刈りに刈りこんだ頭は、ほとんど岩石のように丈夫そうである。彼は昔ある対校試合に、左の臂を挫きながら、五人までも敵を投げた事があった。――そういう往年・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 翼に藍鼠の縞がある。大柄なこの怪しい鳥は、円髷が黒かった。 目鼻立ちのばらりとした、額のやや広く、鼻の隆いのが、……段の上からと、廊下からと、二ヶ処の電燈のせいか、その怪しい影を、やっぱり諸翼のごとく、両方の壁に映しながら、ふらり・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・同じ燻ぶった洋燈も、人の目鼻立ち、眉も、青、赤、鼠色の地の敷物ながら、さながら鶏卵の裡のように、渾沌として、ふうわり街燈の薄い影に映る。が、枯れた柳の細い枝は、幹に行燈を点けられたより、かえってこの中に、処々すっきりと、星に蒼く、風に白い。・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 女は二十二三でもあろうか、目鼻立ちのパラリとした、色の白い愛嬌のある円顔、髪を太輪の銀杏返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子と変り八反の昼夜帯、米琉の羽織を少し抜き衣紋に被っている。 男はキュウと盃を干して、「さあお光・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・取れずにいるのは、うちの貧しいゆえもございますが、母は、この町内での顔ききの地主さんのおめかけだったのを、私の父と話合ってしまって、地主さんの恩を忘れて父の家へ駈けこんで来て間もなく私を産み落し、私の目鼻立ちが、地主さんにも、また私の父にも・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・髪が真黒で顔も西洋人にしてはかなり浅黒く、目鼻立ちもほとんど日本人のようである。少しはにかんだような様子をして握手をした。しかし何も話さないで黙ってコオヒイを入れ始めた。 B君の説明によると、この主婦の亡父は航海者であったそうである。両・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・背の高い、色の白い、目鼻立ちの立派な兄文治と、背の低い、色の黒い、片目の弟仲平とが、いかにも不吊合いな一対に見えたからである。兄弟同時にした疱瘡が、兄は軽く、弟は重く、弟は大痘痕になって、あまつさえ右の目がつぶれた。父も小さいとき疱瘡をして・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫