・・・私が入ると娘は急に起とうとしてまた居住いを直して顔を横に向けました。私は変ですから坐ることもできません、すると武が出し抜けに、『見てもらいたいと言うたのはこれでございます』というや女は突っ伏してしまいました。私はなんと言ってよいか、文句・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 彼は、老人の息がかゝらないように、出来るだけ腰掛の端の方へ坐り直した。彼は、癇高い語をつゞけている通訳と老人の唇の動き方を見た。老人は苦るしげに、引きつっているような舌を動かしている。やがて通訳も外へ出てしまった。年取った鮮人と、私と・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ここの細君は今はもう暗雲を一掃されてしまって、そこは女だ、ただもう喜びと安心とを心配の代りに得て、大風の吹いた後の心持で、主客の間の茶盆の位置をちょっと直しながら、軽く頭を下げて、「イエもう、業の上の工夫に惚げていたと解りますれば何のこ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・――自動車から降りて、その壁を何度も見上げながら、俺はきつく帯をしめ直した。 皮に入ったピストルを肩からかけ、剣を吊した門衛に小さいカードと引きくらべに、ジロ/\顔をしらべられてから、俺だちは鉄の門を入った。――入ると、後で重い鉄の扉が・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔赧らめ男らしくなき薄紅葉とかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂が悪い蜆川の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ お新は髪を束ね直した後のさっぱりとした顔付で母の方へ来た。その時、おげんは娘に言いつけて、お新が使った後の鏡を自分の方へ持って来させた。「お父さんが亡くなってから、お母さんは一度も鏡を見ない。今日は蜂谷さんにもよく診察して貰うで、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかしなかなか思うように上手にかけなくて、たんびにいく枚も/\かき直しました。 一たい厩の建物では、夜もけっして灯をつけないように、きびしくさし止めてありました。それで、ウイリイはいつでも窓をかたくしめておくのでしたが、それでもしまいに・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・さっそく電髪屋に行って、髪の手入れも致しましたし、お化粧品も取りそろえまして、着物を縫い直したり、また、おかみさんから新しい白足袋を二足もいただき、これまでの胸の中の重苦しい思いが、きれいに拭い去られた感じでした。 朝起きて坊やと二人で・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭になってしまっ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・これを錬え直して造った新しい鋭利なメスで、数千年来人間の脳の中にへばり付いていたいわゆる常識的な時空の観念を悉皆削り取った。そしてそれを切り刻んで新しく組立てた「時空の世界像」をそこに安置した。それで重力の秘密は自明的に解釈されると同時に古・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫